墨汁一滴 [日本の近代文学]
「墨汁一滴」 正岡子規 (岩波文庫)
俳人正岡子規の、病床における随筆です。
死の前年に、半年にわたって、新聞に連載されました。
現在、岩波文庫で読むことができます。
この本を読んだのは、社会人2年目か3年目の時です。
今から20年近く前で、仕事が全くうまくいってなかった頃です。
「明日は、辞表を出そう」と、当時、何度思ったことか。
そういう時期だったからこそ、身に染みたのです。
病床の子規が投げつける言葉に、どれほど励まされたことか!
助からない命と知りながら、精一杯生きた男の魂の叫び。
それが、悲しいユーモアの形をとって、表現されています。
例えば4月9日の記事。
「一 人間一匹 / 右返上申候(後略)」
思わず、ぷっと笑いながらも、同時に胸を締め付けられます。
と思えば、5月11日の記事は、こうです。
「試に我枕もとに若干の毒薬を置け。
而して余が之を飲むか飲まぬかを見よ。」
どこを読んでも面白いです。
しかし、何度も読み返したのは、6月14日の記事です。
試験中、分からないところを、隣の男が教えてくれたが…
ぜひここは、実際に読んでいただきたいです。
昔の思い出を淡々と語る記事は、面白いのに哀切なのです。
これこそ、子規の真骨頂でしょう。
さて、子規とはホトトギスのこと。
「鳴いて血を吐くホトトギス」という言葉があります。
声が美しく、クチバシの近くが赤いため、そう言うようです。
正岡子規は、結核を病み、血を吐きました。
それでも歌を詠み、俳句を作り続けました。
まさに、「鳴いて血を吐く」人だったのです。
岩波文庫では、子規の四大随筆すべてを、読むことができます。
これも、NHK「坂の上の雲」の人気のおかげでしょうか。
願わくば、これら4冊と句集は、今後も絶やさないように。
さいごに。
ようやく、ディケンズの「荒涼館」を読み始めました。
全4巻です。
年末年始の休みに読もうと思って購入したものです。
それにしても、いったい、年末年始は何をしていたのでしょうか。
気がついたときには、休暇は終わっていました。
でも、年末年始って、そういうものですよね。
俳人正岡子規の、病床における随筆です。
死の前年に、半年にわたって、新聞に連載されました。
現在、岩波文庫で読むことができます。
この本を読んだのは、社会人2年目か3年目の時です。
今から20年近く前で、仕事が全くうまくいってなかった頃です。
「明日は、辞表を出そう」と、当時、何度思ったことか。
そういう時期だったからこそ、身に染みたのです。
病床の子規が投げつける言葉に、どれほど励まされたことか!
助からない命と知りながら、精一杯生きた男の魂の叫び。
それが、悲しいユーモアの形をとって、表現されています。
例えば4月9日の記事。
「一 人間一匹 / 右返上申候(後略)」
思わず、ぷっと笑いながらも、同時に胸を締め付けられます。
と思えば、5月11日の記事は、こうです。
「試に我枕もとに若干の毒薬を置け。
而して余が之を飲むか飲まぬかを見よ。」
どこを読んでも面白いです。
しかし、何度も読み返したのは、6月14日の記事です。
試験中、分からないところを、隣の男が教えてくれたが…
ぜひここは、実際に読んでいただきたいです。
昔の思い出を淡々と語る記事は、面白いのに哀切なのです。
これこそ、子規の真骨頂でしょう。
さて、子規とはホトトギスのこと。
「鳴いて血を吐くホトトギス」という言葉があります。
声が美しく、クチバシの近くが赤いため、そう言うようです。
正岡子規は、結核を病み、血を吐きました。
それでも歌を詠み、俳句を作り続けました。
まさに、「鳴いて血を吐く」人だったのです。
岩波文庫では、子規の四大随筆すべてを、読むことができます。
これも、NHK「坂の上の雲」の人気のおかげでしょうか。
願わくば、これら4冊と句集は、今後も絶やさないように。
さいごに。
ようやく、ディケンズの「荒涼館」を読み始めました。
全4巻です。
年末年始の休みに読もうと思って購入したものです。
それにしても、いったい、年末年始は何をしていたのでしょうか。
気がついたときには、休暇は終わっていました。
でも、年末年始って、そういうものですよね。
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