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ミドルマーチ1 [19世紀イギリス文学]

 「ミドルマーチ1」 ジョージ・エリオット作 廣野由美子訳 (古典新薬文庫)


 架空の町ミドルマーチに住む2人の男女を軸に、様々な人間模様を描いた作品です。
 1871年刊行です。作者の代表作であり、ヴァージニア・ウルフに激賞されました。


ミドルマーチ1 (光文社古典新訳文庫)

ミドルマーチ1 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/01/08
  • メディア: 文庫



 ドロシア・ブルックと妹のシーリアは、幼い頃両親を亡くし伯父に育てられました。
 伯父のブルック氏はそこそこ良い家柄で、ふたりは何不自由なく育てられました。

 ドロシアは美しいので、魅力的な青年ジェイムズ・チェッタムが恋していました。
 ところが18歳のドロシアは、45歳の牧師エドワード・カソーボンに惹かれたのです。

 カソーボンは「全神話解読」の執筆に向けて、日々神話の研究に明け暮れています。
 そんな彼がドロシアには、立派な精神で自分を導いてくれるように見えたのです。

 「この方は、高貴な内面生活というものを理解しておられるのだ。この方となら、魂
 の交わりというものが可能かもしれない。」(P47)
 
 つまり、ドロシアは結婚に対して、高い理想(というより幻想)を持っていました。
 そして、カソーボンの求婚を即座に受け入れ、ローマへの新婚旅行に旅立ちました。

 理想的な結婚をしたにもかかわらず、ドロシアもカソーボンも幸せではなく・・・
 ローマのドロシアの宿に、カソーボンの甥ウィル・ラディスローの訪問があり・・・

 というように、このあとの展開が、もうなんとなく読めるような気がします。
 それでいながら、この物語から目が離せません。この先どうなってしまうのやら?

 第一巻は、第1部「ミス・ブルック」と、第2部「老いと若さ」から成っています。
 そしてこの巻は以上のように、カソーボン夫妻を中心として物語が進行しています。

 それと同時に、ミドルマーチにやってきた若き医者リドゲイトの物語も進行します。
 ほか、フェアブラザー牧師一家との交流、市長ヴィンシー氏の娘ロザモンドとの恋。

 さらに、ドロシアの妹シーリアとジェイムズ・チェッタムとの淡い恋や、フレッド
 ・ヴィンシーとメアリ・ガースとの微妙な関係などが、重層的に展開しています。

 ミドルマーチの人々を描くことにより、「人間」とは何かを考察した小説です。
 冒頭を飾る次の言葉が、そのことを象徴しているように思います。

 「人間の歴史とは何か? いろいろな要素が入り混じった人間という得体の知れない
 存在が、さまざまな時の試練を経ていかに振る舞うか?」(P6)

 多くの人々が登場するので、誰が誰なのか分からなくなってしまうこともあります。
 そういうときは栞が役に立ちます。主要登場人物がコメント入りで書いてあるので。

 ちなみに私は、ドロシアとシーリアの伯父アーサー・ブルックが気に入りました。
 ブルック氏は60がらみの愚かな男として描かれますが、いい味を出しているのです。

 「実を言うと、私は結婚の罠に掛かってしまうほど、誰かを愛したことはない。結婚
 というのは罠だからね。」(P87)

 このセリフは、独身を通したブルック氏が言うと、ちょっと滑稽で笑えます。
 ところが、のちの展開を考えると、この言葉は真実を言い当てているので驚きます。

 さて、私はこの作品がジェイン・オースティンの小説に似ていると思いました。
 文章が美しく、ユーモアがあり、先が読めて読みやすい、などの共通点があります。

 さらに、結婚をテーマとしている点でも同じですね。
 この先、ドロシアとカソーボンの結婚は、いったいどうなっていくのでしょうか?

 さいごに。(花博)

 仕事の引き継の忙しい中を縫って、先日の日曜日に、家族で花博に行ってきました。
 色んな色のチューリップに囲まれ、優雅な時間を過ごせたので、心が癒されました。

IMG_0710-2.png

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ジョーカー・ゲーム [日本の現代文学]

 「ジョーカー・ゲーム」 柳広司 (角川文庫)


 スパイ養成学校の創設者結城中佐と、部下のスパイたちの活躍を描いた連作小説です。
 2008年に刊行され、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞した傑作です。


ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

ジョーカー・ゲーム (角川文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2011/06/23
  • メディア: 文庫



 1年半前、佐久間陸軍中尉は武藤大佐に呼ばれ、D機関への出向を命じられました。
 D機関とはスパイの養成学校のことで、佐久間の任務は参謀本部との連絡係でした。

 佐久間は武藤大佐から、アメリカ人技師のスパイ容疑の証拠を探せと言われました。
 D機関の三好少尉一行は憲兵隊に偽装し、アメリカ人技師宅に踏み込みますが・・・

 まさか、それが罠だったとは! いったい誰が仕組んだ罠だったのか?
 そして、証拠のマイクロフィルムは、いったいどこに隠してあったのか?

 以上は冒頭のタイトル作「ジョーカー・ゲーム」です。
 ほか全5編、すべてD機関の活躍を描いたスパイ小説で、いずれもめちゃ面白い。

 「ロビンソン」もまた、実に印象的な作品です。 
 ロンドンで活動中の伊沢が、スパイ容疑で逮捕されたところから始まります。

 英国諜報機関に利用され、味方に偽情報を流したことで、どのような結果が?
 結城中佐が餞別として与えた「ロビンソン・クルーソー」には、どんな意味が?

 全5編を通して独特の味わいを醸し出しているのが、D機関の創設者結城中佐です。
 audibleの中でも、結城の静かだがドスの聞いた声は、とても印象的でした。

 さて、昭和12年、結城中佐の発案でスパイ養成学校(D機関)が開設されました。
 ここで鍛え上げられた者たちは、世界各地で「見えない存在」となって活動します。

 「スパイがその存在を知られるのは、任務に失敗した時—即ち敵に発見された時だけ
 だ。(中略)諸君の未来に待っているものは、真っ黒な孤独だ。孤独と不安。やがて
 自分自身の存在すら疑わしく思えてくる。そこでは、外部に支えられた虚構など、砂
 でできた城のように時間とともに崩れてゆく。」(P27)

 結城のこの言葉の中に、スパイというものの本質が表されていると思いました。
 この作品集は、スパイの活躍を描く以上に、彼らの深い孤独をも描いています。

 「とらわれないこと。しかし、それは同時にこの世界の何ものも信じないこと—愛情
 や憎しみを取るに足りないものとして切り捨て、さらには唯一の心の拠り所さえ裏切
 り、捨て去ることを意味している。」(P271)

 この作品には、続編「ダブル・ジョーカー」があります。
 タイトル作ほか全5編が収録されている、連作小説です。


ダブル・ジョーカー (角川文庫)

ダブル・ジョーカー (角川文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2012/06/22
  • メディア: 文庫



 「ダブル・ジョーカー」は、もう一つの諜報部「風機関」との戦いを描いています。
 「殺すな死ぬな」のD機関、「躊躇なく殺せ潔く死ね」の風機関。勝つのはどちらか?

 私的にもっとも興味深かったのが、「棺」です。若かりし日の結城が登場します。
 結城はどのようにして敵地から脱出したのか? どのようにして左手を失ったのか?

 続編も人気が出て、その後シリーズ化され、現在では4巻まで出ているようです。
 また、実写映画化やアニメ化もされれいます。


「ジョーカー・ゲーム」シリーズ【4冊 合本版】 (角川文庫)

「ジョーカー・ゲーム」シリーズ【4冊 合本版】 (角川文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/07/24
  • メディア: Kindle版



 さいごに。(どらやきの日)

 4月4日は4が合わさるので「しあわせの日」です。
 「どらやきを食べて幸せになろう」ということで、どらやきの日でもあります。

 「そんなのこじつけじゃないか」などと突っ込まずに、楽しくどらやきを食べたい。
 丸京製菓の「塩もち入りどらやき」がスーパーにあったら、私は必ず買ってしまう。

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ジェルミナール3 [19世紀フランス文学]

 「ジェルミナール(下)」 エミール・ゾラ作 安士正夫訳 (岩波文庫)


 炭坑労働者の悲惨な生活と、彼らのストライキをリアルに描き出した長編小説です。
 1885年刊行です。岩波文庫から三分冊で出ています。今回はその下巻を紹介します。


ジェルミナール 下 (岩波文庫 赤 544-9)

ジェルミナール 下 (岩波文庫 赤 544-9)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2024/03/19
  • メディア: 文庫



 恐るべき事件の後、町は不気味に静まり、エティエンヌは炭坑の地下に潜みました。
 ストライキは続き、人々は飢えによる苦しみにあえぎ、餓死する者も出てきました。

 そのような状況の中、ル・ヴォルー坑ではベルギー人たちを雇って入坑させました。
 怒る坑夫たちは400人の暴徒となって、炭坑を守る兵隊たちと激しく衝突しました。

 兵隊は一斉に射撃し、多くの犠牲者が出ました。マユは心臓を撃たれて死にました。
 暴徒たちの行動は鎮圧され、坑夫を率いたエティエンヌは一転してなじられました。

 会社は再開され、エティエンヌは誓いを破り、カトリーヌとともに入坑しました。
 ところがその前日、ルヴァクが裏切り者を制裁するため、炭坑に細工をしたのです。

 激震があり、炭坑が崩れ落ちて、20人ほどの人々がその中に閉じ込められました。
 その中には、エティエンヌとカトリーヌと、彼女の情夫のシャヴァルがいました。

 岩を打って助けを求めると、カトリーヌの兄が音を聞きつけ、助けに向かい・・・
 閉じ込められた因縁の3人。彼らに何が起こるか? 彼らは無事に救助されるか?

 終盤にきて恐ろしい展開がありますが、この部分こそゾラの描写の白眉だそうです。
 本書は、炭坑での労働の悲惨さを容赦なく描いているため、高く評価されています。

 さて、意外だったのは結末部です。エティエンヌはひとりパリへ旅立ちます。
 私はこの小説を、救いのない物語だと思いましたが、最後に希望を持たせています。

 「鉱山の底の辛い体験によって自分が成熟し、力強くなったことを感じた。彼の教育
 は完了した。そして彼が見たままに欠陥を見出したままに、社会に対して戦いを宣し
 て、革命の兵士たる理論家としていよいよ出陣したのである。」(P208)

 「人々は芽生えていた。真黒な、復讐に燃えた軍団は畔の中でおもむろに萌え、来る
 べき世紀の収穫となるために成長していて、その発芽は間もなく大地をはじけさせよ
 うとしていた。」(P212)

 ここでようやくタイトル「ジェルミナール」(芽月)の意味が分かりました。
 しかし彼には、パリになんか行かずに、カトリーヌと幸せになってほしかったです。

 正直に言って、このあとエティエンヌが、パリで幸せになるようには思われません。
 炭坑に閉じ込められたとき彼は、恋敵であるシャヴァルを〇〇しています。

 ここに、エティエンヌの隠れた本性が垣間見えているような気がしてなりません。
 この先彼は、孤独で冷酷で利己的な革命家に、育っていくのではないでしょうか。

 余談ですが、「ジェルミナール」はフランス文学史上に残る大傑作として有名です。
 それなのに、岩波文庫版は活字は小さく漢字は旧字体です。しかも、現在絶版です。

 「居酒屋」と「ナナ」は、新潮文庫からオシャレなカバーで出ているというのに・・・
 新潮文庫で新訳を出してくれるといいのですが。もっと読まれてもいい作品ですよ。

 そういえば、エティエンヌにはクロードという名の兄がいて、画家になっています。
 クロードを主人公にした作品が1886年刊の「制作」で、岩波文庫から出ていました。

 印象派の画家たちを描いた小説で、私は印象派が好きなので注目していました。
 最近まで書店で見かけていましたが、現在は絶版です。復刊されたら読みたいです。


制作 (上) (岩波文庫)

制作 (上) (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1999/09/16
  • メディア: 文庫



制作 (下) (岩波文庫)

制作 (下) (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1999/09/16
  • メディア: 文庫



 さいごに。(来年度の人事)

 3年間のプロジェクトが終了し、某課長のおかげで、ある程度の成果を出せました。
 そのため、プロジェクトの主任だった私が、某課長のポジションを引き継ぐことに!

 これで、4月からはさらに忙しくなります。やれやれ。
 しかし、56歳の老いぼれに仕事を与えてくれたことは、ありがたいことなのかも。

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鹿の王2 [日本の現代文学]

 「鹿の王3~4」 上橋菜穂子 (角川文庫)


 謎の病から生き延びて放浪する男と、謎の病の治療法を求める男を描いた物語です。
 2014年刊行のファンタジー小説で本屋大賞。角川文庫全4巻中3~4巻の紹介です。


鹿の王 3 (角川文庫)

鹿の王 3 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: 文庫



鹿の王 4 (角川文庫)

鹿の王 4 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: 文庫



 何者かにさらわれたユナを探し求めて、ヴァンは火馬の民のもとにやって来ました。
 それを陰ながら助けたのが、谺主の洞窟で知り合った、跡追いの女人サエでした。

 ヴァンは、火馬の民の族長オーファンから、「キンマの犬」について聞きました。
 それは、ミッツァル(黒狼熱)という病、侵略者を滅ぼす力を与えられた獣です。

 東乎瑠(つおる)人の持ち込んだ麦は、現地の麦と混ざったとたん毒を持ちました。
 その毒麦を食べても死ななかった火馬がいて、その火馬の肉を食べた山犬がいます。

 その山犬たちは毒麦でも黒狼熱でも死にませんでした。それが「キンマの犬」です。
 「キンマの犬」に噛まれても現地人は死にませんが、侵略者たちはすぐ死ぬのです。

 火馬の民はミッツァルに、キンマの神の摂理とその意志を見て、こう考えました。
 キンマの犬とミッツァルがあれば、戦わずして故郷を取り戻せるのではないか、と。

 「侵略者の毒に汚されても生き延びよ! さすれば、おまえたちは、以前より強くな
 る! そう、キンマの神は我らに教えてくださったのだ。―—ユタカの大地を侵した
 者だけを殺す毒を犬の牙に与えて」(P60)

 その夜ヴァンの夢の中に、「犬の王」と名のる初老の男が現れました。
 彼は普段は病んだ年寄りですが、我が身を脱いでキンマの犬を操ることができます。

 犬の王はヴァンに、火馬の民の希望を託しますが、ヴァンにはそれができません。
 やがてサエとともにユナを探して旅する中で、ヴァンはホッサルと出会いました。

 ところが、火馬の民の企みの背後には、意外な人物の予想を超える企みがあり・・・
 という具合で、「鹿の王」は後半も読み出したらなかなか本が置けません。

 しかし、もっとも印象的だったのはヴァンの生き様です。特にあの感動的なラスト!
 あのような決断を下せるのは、ヴァンだけでしょう。彼こそ本物の「鹿の王」です。

 「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が
 現れるのです。長でもなく、仔も持たぬ鹿であっても、危難に逸早く気づき、我が身
 を賭して群れをたすける鹿が。」(第4巻P19)

 さて、本書「鹿の王」は本屋大賞だけでなく、日本医療小説大賞も受賞しています。
 ミッツァルという架空の病を扱いながらも、随所で命や病の本質を考察しています。

 「身体も国も、ひとかたまりの何かであるような気がするが、実はそうではないの
 だろう。雑多な小さな命が寄り集まり、それぞれの命を生きながら、いつしか混然
 一体となって、ひとつの大きな命をつないでいるだけなのだ。そういう大きな――
 多分、この世のはじまりのときに神々がその指で紡ぎ出した――理の中に、我々は
 生まれ、そして、消えていく。」(第4巻P191)

 「〈・・・病は〉この上なく魅力的なのだ。恐ろしいが、たまらなく心惹かれる。
 この世の裏側に隠れている――闇の底に隠れている――生き物の真実が、病という
 現象の中に、鬼火のようにチラチラと光って見えるからだ。」(第4巻P282)

 さいごに。(「鹿の王 ユナと約束の旅」)

 アニメ映画「鹿の王 ユナと約束の旅」は、2022年にアニメ映画になりました。
 この濃密な内容をわずか2時間足らずで表現した点に、巷では賛否両論でした。

 私の読書仲間は口をそろえて、原作を読んでから見た方がいいと言っていました。
 そうしないと理解に苦しむのだそうです。では、私も見てみようか。



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鹿の王1 [日本の現代文学]

 「鹿の王1~2」 上橋菜穂子 (角川文庫)


 謎の病から生き延びて放浪する男と、謎の病の治療法を求める男を描いた物語です。
 2014年刊行のファンタジー小説です。翌2015年に本屋大賞の第1位となりました。


鹿の王 1 (角川文庫)

鹿の王 1 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/06/17
  • メディア: 文庫



鹿の王 2 (角川文庫)

鹿の王 2 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/06/17
  • メディア: 文庫



 ヴァンは、ピュイカ(飛鹿)に乗る軍団独角(どっかく)の頭で、物語の主人公です。
 強大な東乎瑠(つおる)帝国と戦って敗れ、岩塩鉱で奴隷として労働していました。

 あるとき岩塩鉱がオッサム(山犬)に襲われ、全員が咬まれて謎の病で死にました。
 なぜかヴァンは生き延びて、つながれていた鎖を怪力で断ち切り、脱出を試みます。

 岩塩鉱の建物で食べ物を漁っていると、泣き声が聞こえ、女の幼子を見つけました。
 女児を背負って逃亡したヴァンは、自分の感覚が鋭くなっていることに気づきます。

 交易都市カザンに向かう途中、トマという青年に出会い彼の故郷オキを頼りました。
 ピュイカの扱いに慣れたヴァンは、トマの家族に歓迎され、ひと冬を過ごし・・・

 ホッサルは、東乎瑠帝国に仕えるオタワル人の医術師で、もうひとりの主人公です。
 岩塩鉱を全滅させた謎の病を調査するため、マコウカンを従えてやってきました。

 彼は死体を観察して、この病がミッツァル(黒狼熱)ではないかと考えました。
 それは、約250年前に大流行し、古オタワル王国を滅亡に追い込んだ伝説の病です。

 また彼は、ひとつの壊された足枷を見て、生き延びた者がいることを知りました。
 もし生き延びた者がいるのなら、ミッツァルの特効薬作りのヒントになります。

 ホッサルは、「跡追い」の女人サエに、逃亡奴隷ヴァンの行方を探らせました。
 サエはわずかな痕跡をたどりオキに向かいますが、途中多くの山犬に襲われ・・・

 読みだしたら止まりません。さすが、本屋大賞になった作品です。
 物語世界がとても緻密に構築されているため、その中にどっぷりと入り込めます。

 たとえば、舞台となっているアカファ地方は、現在東乎瑠帝国領となっています。
 しかし、以前はアカファ王国の地であり、今もゆるやかな自治が許されています。

 以前アカファ王国は、繫栄していた古オタワル王国の一地方にすぎませんでした。
 オタワル王国でミッツァルが流行したとき、アカファは被害を受けませんでした。

 そこで、オタワル王国最後の王が、アカファの首都に遷都し王権を譲ったのです。
 しかし、オタワル人はオタワル聖領にいて、その後のアカファを支え続けました。

 そして、オタワル人は今も、アカファにおいて大きな影響力を持ち続けて・・・
 という具合です。物語の背景だけ見ていても、とてもわくわくしてきます。

 それだけでなく、アカファや東乎瑠の文化についても実に詳細に描かれています。
 食については、目で見えるようです。作者は文化人類学者だそうで、さすがです。

 私としては特に、ヴァンが獣に咬まれたあとに見た夢が、とても気になります。
 それは、腕の傷口から木の根が生え、枝分かれして全身を満たすというものです。

 ヴァンは、おそらくその時点で生まれ変わりました。理由はまだ分かりません。
 しかし、人間離れした怪力や鋭い直感は、その日を境に発揮され始めたのです。

 そして第2巻では、ヴァンは山犬と同調し、彼らの光る命の糸が見えたりします。
 そのことを、謎の老人谺主(こだまぬし)は「裏返し」と呼びます。それは何か?

 さて、ヴァンはなぜ生き残ったのか? ホッサルはヴァンを見つけ出せるのか?
 ミッツァルはなぜ再び現れたのか? ミッツァルの特効薬はできるのか?

 気にかかる点は多いのですが、私にはオタワル人の生き方が興味深かったです。
 「他者を生かし幸せにすることで、自分も生き幸せになる」という価値観が。

 「食われるのであれば、巧く食われればよい。食われた物が、食った者の身体と
 なるのだから」(1巻P287)

 さいごに。(「クソ野郎」訴訟に思う)https://news.yahoo.co.jp/articles/d5e1a03060af420f78b515f1a2581f65a80e9f4d

 クソ野郎訴訟の大石晃子(れいわ新選組)が、まさか高裁で完全勝利するとは!
 クソには色んな意味があるとはいえ、クソ野郎はとてもひどい侮蔑表現ですよ。

 たとえば「大石晃子のクソ野郎」(良い意味)という表現は、許されるでしょうか?
 私は絶対ダメだと思います。言葉が乱れると国も乱れます。嘆かわしいことです。

 以前、れいわの山本太郎が、国会で首相を「増税クソメガネ」と言い放ちました。
 れいわの「クソ」好きは分かりますが、もっと品のある言葉選びをしてほしいです。

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ジェルミナール2 [19世紀フランス文学]

 「ジェルミナール(中)」 エミール・ゾラ作 安士正夫訳 (岩波文庫)


 炭坑労働者の悲惨な生活と、彼らのストライキをリアルに描き出した長編小説です。
 1885年刊行です。岩波文庫から三分冊で出ています。今回はその中巻を紹介します。


ジェルミナール 中 (岩波文庫 赤 544-8)

ジェルミナール 中 (岩波文庫 赤 544-8)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2024/03/11
  • メディア: 文庫



 ある日、炭坑夫たちは一斉にストライキに入り、代表者は支配人の家を訪れました。
 その際、優秀な炭坑夫で人望あるマユが、エティエンヌに推され口火を切りました。

 「(我々の要求は、)我々が当然もらうべきものを、会社が自分たちで分配している
 我々の儲けを、我々によこして率直に公平な態度を示してくれることです。一体、恐
 慌に見舞われる毎に、株主の配当を救うために労働者を飢え死に任せるということは
 正しいことでしょうか?」(P36)

 要求は受け入れられず、ストライキは2週間続けられ、とうとう財源が尽きました。
 飢餓の恐怖が迫る中でも、彼らは正義の時代の到来と万人の幸福を信じていました。

 エティエンヌはインタナショナルの役員を呼び寄せ、炭坑夫全員を加盟させました。
 インタナショナルからは4000フランが送られましたが、それもすぐに尽きました。

 そしてさらに2週間が過ぎて、炭坑夫の町は断末魔の苦しみにあえいでいました。
 会社との2度目の会見も虚しく、追い詰められた炭坑夫らは集って話し合いました。

 「賃金制度は奴隷状態の新しい形だ。」
 エティエンヌの思いは、しだいに賃金制度の撤廃を求める政治思想に達しました。

 まず国家を破壊しなければならない、人民が統治権を握れば改革が始まるだろう。
 平等を旨とする自由な家族を造ることだ、市民的、政治的、経済的に平等な・・・

 「惨めな人間を奴らは機械の餌食に投げあたえ、家畜同然に抗夫町の中にかこい、
 大会社は徐々に彼らを吸収し、奴隷状態を制度化し、千人ばかりの怠け者が富み栄
 えるために一国の全労働者を、数百萬の腕を配下に編入する脅威を示している。だ
 が、もはや抗夫は無知ではない、地の底で圧し潰されているけだものではない。」
 (P129)

 カトリーヌと駆け落ちしたシャバルもまた、ストライキへの参加を表明しました。
 しかし・・・彼は会社にいかに取り込まれ、仲間からいかなる仕打ちを受けたか?

 エティエンヌは、エスカレートした集団をもはや統率することができず・・・
 食品店のメグラが犠牲となり・・・彼はどのようなおぞましい仕返しをされたか?

 中巻に入ってストライキに入ると、作者ゾラの描写がさらに凄みを増しました。
 特に、仲間の裏切りに対する仕返しの場面が、目を覆いたくなるぐらいでした。

 炭坑の象徴であるボイラーが壊され、施設が次々と破壊されるのは理解できます。
 しかし、炭坑内で人が働いているのを知りながら・・・彼らは何を破壊したか?

 この勢いのまま、下巻に突入します。下巻も楽しみです。
 岩波文庫版は読みにくいですが、だんだん慣れてきました。

 さいごに。(プロテインを買いに行ったのに)

 ドンキホーテでプロテインを購入しました。これを飲んで、走れる体にしたいです。
 ところが、ラミーが税込み150円と激安だったので、つい箱買いしてしまいました。

 「プロテインを飲んでも、ラミーを食べたら意味ない」と、妻と娘に言われました。
 ああ、ドンキに行ったことが失敗でした。自分の弱さを痛感しました。

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あと少し、もう少し [日本の現代文学]

 「あと少し、もう少し」 瀬尾まいこ (新潮文庫)


 寄せ集めの中学生6人が、駅伝で県大会を目指す姿を描いた、青春小説の傑作です。
 2012年刊行の陸上小説。私はこの作品こそが、瀬尾の代表作だと思っています。


あと少し、もう少し (新潮文庫)

あと少し、もう少し (新潮文庫)

  • 作者: 瀬尾 まいこ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/03/28
  • メディア: 文庫



 市野中学校は小規模校ながら、毎年中学駅伝で県大会に出場している強豪校です。
 ところが、名顧問の満田先生が転勤して、素人の女子教員上原が顧問となりました。

 陸上部で長距離を走れるのは、桝井と設楽(したら)と俊(しゅん)の3人です。
 中学駅伝は、18キロを3キロずつ6人でタスキをつなぐので、あと3人必要です。

 部長の桝井(ますい)は苦労して人を集め、ようやくメンバー6人を揃えました。
 実に個性的な6人が、それぞれの思いを抱きながら、同じ目標に向かって走ります。

 1区は設楽です。桝井に次ぐ実力を持っていますが、以前はいじめられっ子でした。
 ところが不良の大田から意外なことを聞きます。設楽は大田にどう思われていたか?

 2区は大田です。勉強を放棄し、髪を染めてタバコを吸う、乱暴な不良少年です。
 大田が荒れたのはなぜか? また、今駅伝で心を燃え立たせているのはなぜか?

 3区はジローです。生徒会書記で、バスケ部部長。明るく誰とでも仲良くなれます。
 唯一苦手なのが、4区を走る渡部です。しかし、その渡辺にどう思われていたか?

 4区は渡部です。吹奏楽部で走るのは速いけど、理屈っぽいので敬遠されています。
 渡部が、周囲と距離をおいているのはなぜか? 必死で守ろうとしているのは何か?

 5区は唯一の2年生の俊介です。敬愛する桝井から走りを学んで、今が伸び盛りです。
 しかし、切ない秘密を持っていました。それは何か? それに気づいた人はいるか?

 6区は桝井です。陸上部の部長として、誰よりもチームのために尽くしてきました。
 ところがスランプが続いています。桝井に何があったのか? それに気づいた人は?

 6人は時にぶつかりますが、「走りたい」という気持ちのもとでまとまっていきます。
 その姿がさわやかで美しく、感動的なので、私は何度も涙が出そうになりました。

 さて、走るのは6人ですが、チームにはもうひとりとても大切なメンバーがいます。
 それが監督の上原です。上原の章はありませんが、彼女は陰の主人公だと思います。

 もちろん主人公は桝井でしょう。その桝井を大きく成長させたのが素人の上原です。
 名監督の満田のもとでは学べなかったことを、桝井は上原のもとで学んでいます。

 桝井にとって、何のアドバイスもできない上原は、イライラさせられる存在でした。
 ストップウォッチも扱えず、大会ではおろおろし、威厳のかけらもない監督・・・

 「だけど、大田はこっそりタバコをやめている。今の設楽の走る理由は、きっと義務
 感だけじゃない。あれだけかたくなだった渡部がメンバーになった。ジローはいつだ
 って変わらず楽しそうで、俊介は二年で唯一のメンバーなのに変な気負いはない。そ
 こは上原がいたからだというのもある。」(P322)

 桝井はそのように回想していますが、おそらく自分でも分かっているはずです。
 苦労はしたけど、上原のおかげで一番多く学び成長したのは、自分自身であると。

 「走れなくてもいい。私が、ううん、私たちが望んでいるのはそんなことじゃないか
 ら。でも、6区を走るのは桝井君だよ」(P355)・・・上原だからこそ言えた言葉です。

 陸上や走ることが好きな人はもちろん、すべての中高生に読んでほしい作品です。
 読後、たっぷりと余韻に浸っているうちに、自分も走りたくなってきます。

 ところで、タイトルの「あと少し、もう少し」は、あと少しがんばるという意味のほか、
 あと少しもう少しこのメンバーで走りたい、という意味を持っています。

 さいごに。(豚バラばかり)

 先日、家族で「さとしゃぶ」を食べました。奮発して「国産牛コース」にしました。
 しかし、私は豚バラが好きなので、豚バラばかり食べました、ああ、もったいなかった!

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獣の奏者Ⅱ王獣編 [日本の現代文学]

 「獣の奏者Ⅱ王獣編」 上橋菜穂子 (講談社文庫)


 霧の民の血を引く天涯孤独の少女エリンと、闘蛇や王獣などの獣たちとの物語です。
 2006年に「闘蛇編」「王獣編」が出て、2009年に「探求編」「完結編」が出ました。


獣の奏者 1-4 I-IV 完結セット (講談社文庫)

獣の奏者 1-4 I-IV 完結セット (講談社文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー:
  • メディア: 文庫



 あるときエリンは、傷ついた王獣リオンの鳴き声に、竪琴の音でこたえてみました。
 すると、リオンは餌を食べ始めました。初めてエリンとリオンの心が通ったのです。

 そしてこの瞬間、エリンは図らずも、運命の決定的な曲がり角を曲がったのでした。
 このことはカザルムで秘密にされました。政治で利用されることを恐れたからです。

 やがてエリンはリオンと言葉を交わし、その背に乗って飛べるようにもなりました。
 保護区で飼われている王獣では考えられないことです。ではなぜそれができたのか?

 それはエリンが、王獣規範を逸脱してエリンを育てたからであるようなのです。
 そこで疑問が浮かびます。王獣規範は、王獣と会話させないために作られたのでは?

 エリンはリオンと一緒にいるとき、霧の民の男から警告を受けました。
 そしてエリンは、「精霊鳥」のことや「操者の技」のことを知りました。

 「神々の山脈の向こう、はるかな故地で、大いなる罪を犯して死んだ我らの祖先たち
 は、自分たちの罪を激しく悔い、子孫たちに自分たちの轍を踏ませぬように、自らに
 呪いをかけた。——魂となっても、神々の安らぐ世へは行かず、(操者の技〉を使う
 者が現れたとき、それを警告する精霊鳥となるようにと。」(P131)

 「わたしたちは、二度と再び、〈操者の技〉が使われることのないよう——一族の者
 たちが過去を忘れ去って、再び〈操者の技〉を編みだすことがないように、幼いころ
 から戒律とともに、〈操者の技〉を教えこまれる。だが、きみは、己の才覚だけで、
 〈操者の技〉を編みだしてしまった」(P132)

 真王がカザルム王獣保護区に行幸した帰り、大公軍と思しき闘蛇軍に襲われました。
 エリンはリオンの背に乗って真王を助け、いやおうなく戦乱の中に巻き込まれ・・・

 というように、真王が闘蛇軍の急襲に遭う所から、物語は一気に白熱していきます。
 一方、エリンは闘蛇からあることに気付いて・・・本当にこれは大公の仕業なのか?

 汚い陰謀に取り込まれるエリン。そして、真王の護衛イアルもまた同じように・・・
 緊迫した状況で、エリンとイアルの運命が交差する場面もまた一つの見どころです。

 そして、エリンが語る霧の民の言い伝え・・・
 真王の祖先は何か? 霧の民の祖先は何か? はるか昔にいったい何があったのか?

 「人というものが、こんなふうに物事を考えて、進んでいく生き物であるのなら、そ
 のまま行ってしまえばいい。(中略)そうやって滅びるなら、滅びてしまえばいい」
 (P382)

 エリンはいかに決意し、いかに行動するか?
 そして、新真王セィミヤは、どんな選択をするか?・・・

 終盤は手に汗を握る展開です。結末もすばらしいです。いつまでも余韻が残ります。
 そして、続きを読みたいという読者が続出し、とうとう2009年に続刊が出ました。

 続く「探求編」と「完結編」は、まだ購入していません。
 しかし、いずれ読みたいと思っています。

 さいごに。(うんち君、見ーつけた)

 私の部屋の片隅に「うんち君」が隠れていました。娘が隠しておいたようです。
 見つけた人は隠してよいことになっているので、私は娘の筆入れに入れました。

 うんち君は1時間で見つかることもあれば、3か月間現れないこともあります。
 妻はうんち君を捨てようとするので、妻には見つからないよう心掛けています。

IMG_0691-2.jpg

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獣の奏者Ⅰ闘蛇編 [日本の現代文学]

 「獣の奏者Ⅰ闘蛇編」 上橋菜穂子 (講談社文庫)


 霧の民の血を引く天涯孤独の少女エリンと、闘蛇や王獣などの獣たちとの物語です。
 2006年に「闘蛇編」「王獣編」が出て、2009年に「探求編」「完結編」が出ました。


獣の奏者 1-4 I-IV 完結セット (講談社文庫)

獣の奏者 1-4 I-IV 完結セット (講談社文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー:
  • メディア: 文庫



 ソヨンは、霧の民の掟に背いて大公領の男と結婚し、10年前にエリンを生みました。
 今、世話していた最強の「闘蛇」全てが死んだ罪で、処刑されることとなりました。

 娘のエリンは、闘蛇に食い殺される母を助けるため、闘蛇の群れの中に入りました。
 しかし、母は掟破りの「操者の技」を使って、エリンを闘蛇に乗せて逃がしました。

 真王領に流れ着いたエリンは、心優しい老人ジョウンに助けられ、育てられました。
 元教導師長のジョウンから、さまざまな知識や竪琴を学び、幸せに過ごしました。

 ある日、崖から落ちたジョウンを助けたとき、エリンは「王獣」の親子を見ました。
 それは、オオカミのような顔を持つ巨大な鳥で、「闘蛇」を餌食とする聖獣でした。

 エリンは、14歳のときにカザルム王獣保護場に入舎し、獣の医術師を目指しました。
 そこで、傷ついた王獣リオンと出会い、心を込めて世話しているうちに・・・

 この物語のテーマは、「闘蛇」「王獣」など獣と人間との関わり方にあるようです。
 特に、入舎試験のエリンの作文に、そのことがよく表れています。

 「生き物であれ、命なきものであれ、この世に在るものが、なぜ、そのように在るの
 か、自分は不思議でならない。(中略)自分も含め、生き物は、なぜ、このように在
 るのかを知りたい。」(P277)

 また、エリンが養蜂を通して抱いた、生物の世界のイメージも、印象に残りました。
 すべての生き物の命はどれも等しく、暗闇に浮かぶ一つの光の点のようなもの・・・

 「エリンはときおり、自分が小さな光の点になって、広大な星空の中に、ぽつんと浮
 かんでいるような心地になることがあった。——人も獣も虫も、あらゆるものが小さ
 な光の点となって、等しく闇の中に輝いているような、そんなものとして、この世を
 感じることが。」(P253)

 ところで、舞台となっている国はリョザ神王国で、真王という女王が治めています。
 真王の王祖は、はるか昔に神々の山脈の向こうから、王獣を従えて降臨したのです。

 しかし、四代目の王が隣国から攻められた際、「闘蛇の笛」を臣下に与えました。
 闘蛇で敵国を倒した臣下は、大公の称を得て、他の土地を治めるようになりました。

 これ以後、行政を司る真王の真王領と、軍事を司る大公の大公領に分かれました。
 そして、大公領の中には、真王の命を狙う「血と穢れ」のような集団も現れて・・・

 というように、途中から人間の権力闘争も絡まり、物語を面白くしています。
 そして、人間の最大の武器が王獣や闘蛇などの生物である点が、実に興味深いです。

 さらに、主人公エリンの背後には「霧の民」(戒めを守る者)という謎があります。
 このあと、エリンの運命はいかに? 「Ⅱ王獣編」も楽しみです。

 さいごに。(不毛な喧嘩)

 米大統領選で、私はトランプさんを応援しています。
 理由は、前の治世で戦争がなかったから。バイデンさんになって世は乱れました。

 しかし、妻はトランプ嫌いなので、米大統領選の話になると喧嘩になるのです。
 実にバカバカしい。投票権もない他の国のことで、わが家が戦争になるなんて。

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ジェルミナール1 [19世紀フランス文学]

 「ジェルミナール(上)」 エミール・ゾラ作 安士正夫訳 (岩波文庫)


 炭鉱労働者の悲惨な生活と、彼らのストライキをリアルに描き出した長編小説です。
 1885年刊行。主人公エティエンヌは、「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの子です。

 岩波文庫から三分冊で出ていました。ゾラの大傑作ですが、現在上と中は絶版です。
 私は2016年の復刊で買いましたが、活字が小さく、漢字は旧字体で読みにくいです。


ジェルミナール 上 (岩波文庫 赤 544-7)

ジェルミナール 上 (岩波文庫 赤 544-7)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2024/02/28
  • メディア: ペーパーバック



 ある町に一文無しの青年が流れてきました。名前はエティエンヌ・ランティエです。
 勤めていた鉄道会社で上司を殴って追い出され、仕事がないかと炭抗を見ています。

 「窪みの底に押しこめられているこの炭坑は、彼に、人間どもを喰らうためにそこに
 うずくまっている貪欲な動物の邪悪な姿をしているように思われた。」(P11)

 たまたまひとりの運搬婦が亡くなったので、エティエンヌは運よく雇われました。
 しかし、仕事はきつく、賃金は安く、労働環境は悲惨で、上役の態度は理不尽です。

 それでもエティエンヌはまじめに働き、やがて周囲に認められるようになりました。
 彼は、炭坑夫のために予備基金を新設して、組合を作り、その書記となりました。

 何年か経てばお金がたまって、ストライキをしても、生活に困らなくなるはずです。
 しかし、エティエンヌの社会主義的思想は、会社から警戒されるようになりました。

 恐慌で痛手を受けた会社は、費用を切り詰めるために、ある企みを持っていました。
 それは、予備基金が少ない今のうちに、あえてストライキをさせるというものです。

 会社は、炭坑夫の賃金を減らすため支払いの方法を変え、容赦なく罰金をとり・・・
 彼らを追い詰めストライキをさせて、屈服させたあと賃金を減らしてやろうと・・・

 搾取される炭坑夫をこれでもかと描くことで、資本家の汚さや卑劣さが際立ちます。
 その象徴が炭坑です。それは700人の人間昆虫を飲み込んでしまう巨大な腸です。

 まさに、炭坑が人間を食い物にしているということを、強烈にイメージさせます。
 上記P11の引用も非常に秀逸だと思います。ゾラの文章をじっくり味わえる箇所です。

 さて、エティエンヌ・ランティエは、「居酒屋」の主人公ジェルヴェーズの子です。
 彼女が、最初の夫ランティエのもとで産んだ、2人の息子のうちのひとりなのです。

 「彼女(=ジェルヴェーズ)は彼(=エティエンヌ)の父親(=ランティエ)から捨
 てられ、他の男と一緒になった後に又も彼の父親につかまり、自分を食い物にしてい
 る二人の男に挟まれて暮し、彼等と共に泥溝の中、酒の中、汚物の中を転げまわって
 いたのである。」(P60)

 懐かしい! 「居酒屋」を読んだのは、今から14年も前のことでした。
 それにしても、あのひどい環境にいたエティエンヌが、まっとうに育っているとは!
 「居酒屋」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2010-02-03

 ところで、私はタイトル「ジェルミナール」を、登場人物の名だと思っていました。
 途中、いつになったら「ジェルミナール」が登場するのかと、やきもきしました。

 ところが、「ジェルミナール」はフランス革命月の「芽月」を指すのだそうですね。
 そして、彼らの活動が、社会変革の「芽」となる、という意味を含むのだそうです。

 さて、現在上巻が終わったばかりです。このあとが気になります。
 エティエンヌらはストライキを強行しそうですが、いったいどうなるのでしょうか。

 さいごに。(安本丹)

 岩波文庫の「ジェルミナール」は読みにくいので、読む速度は時速40ページです。
 特に旧字体が難しい。対を「對」、体を「體」、図を「圖」、台を「臺」・・・

 しかし、もっとも首をひねったのが、「安本丹」です。いったいなんと読むのか?
 答えは、おそらく「あんぽんたん」です。最近使わなくなった言葉ですね。

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