ドクトル・ジバゴ3 [20世紀ロシア文学]
「ドクトル・ジバゴ(上)」 パステルナーク作 江川卓訳 (新潮文庫)
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となり、ノーベル賞に選出されながらも、辞退させられました。
新潮文庫から二分冊で出ていましたが、現在は絶版のため私は古本を買いました。
訳はとても分かりやすい。カバーもカッコいいのでそのまま復刊してほしいです。
パルチザン部隊を脱走したジバゴは、困難の末ラーラと久しぶりに再会しました。
さらに危機が迫り、二人はワルイキノへ逃れ、ひとときのやすらぎを得ました。
混乱の中でたまたま手に入れた幸せ。しかし、こんな生活が続くはずがありません。
二人はつねに別れの予感を抱きながらも、お芝居のような生活を続けていました。
突然コマロフスキーが訪問し、ある提案をしたところから、物語は急展開して・・・
現実は二人をこのまま放っておくわけがなく、ジバゴは運命の決断を迫られて・・・
ラーラを失ってからジバゴは、すっかり老け込んで、抜け殻のようになりました。
人生で大切なのは愛です。ジバゴとラーラとの愛は、まったく特別なものでした。
「それは世界との一体感、調和感であり、自分たち自身が風景のなかに溶けんこんで
いて、美しい眺望の、全宇宙の一部になっているという感覚、実感であった」(P401)
さて、ラーラの次の言葉が、とても印象に残っています。
作者パステルナークが、もっとも言いたかったのは、こういうことなのではないか。
「わたしたちは、自分が時代遅れの人間に見られたくないばっかりに、何よりも大
切なものを裏切ったり、嫌でたまらないものを讃美したり、わけもわからないこと
にうなずいたりしているんだわ」(P280)
ところで、名画「ドクトル・ジバゴ」を、レンタルで借りて見ることができました。
評判通りのすばらしい映画でした。映像も美しくて、見ていて飽きませんでした。
それにしても、ジバゴは結局、自分のプライドに生きた人だったんだと思いました。
彼はプライドを捨ててコマロフスキーを頼ることが、できませんでした。
また、パーシャも結局、自分の信念と理想に生きた人だったんだと思いました。
彼はあまりにも純粋すぎたため、ラーラへの愛よりも革命を優先してしまいました。
この二人の男たちは、ラーラよりも、自分を優先したのです。
その点、悪人のコマロフスキーの方が、ラーラのことを考えていたかもしれません。
さいごに。(DVDレンタル)
「ドクトル・ジバゴ」のDVDを、ツタヤで借りました。
借りて来たその日に、妻に知られてしまったため、一緒に見ました。
3時間30分と長いので、3日に分けて少しずつ見ました。
それにしても、この長編映画をわずか108円で見られるとは、本当に良い時代です。
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となり、ノーベル賞に選出されながらも、辞退させられました。
新潮文庫から二分冊で出ていましたが、現在は絶版のため私は古本を買いました。
訳はとても分かりやすい。カバーもカッコいいのでそのまま復刊してほしいです。
パルチザン部隊を脱走したジバゴは、困難の末ラーラと久しぶりに再会しました。
さらに危機が迫り、二人はワルイキノへ逃れ、ひとときのやすらぎを得ました。
混乱の中でたまたま手に入れた幸せ。しかし、こんな生活が続くはずがありません。
二人はつねに別れの予感を抱きながらも、お芝居のような生活を続けていました。
突然コマロフスキーが訪問し、ある提案をしたところから、物語は急展開して・・・
現実は二人をこのまま放っておくわけがなく、ジバゴは運命の決断を迫られて・・・
ラーラを失ってからジバゴは、すっかり老け込んで、抜け殻のようになりました。
人生で大切なのは愛です。ジバゴとラーラとの愛は、まったく特別なものでした。
「それは世界との一体感、調和感であり、自分たち自身が風景のなかに溶けんこんで
いて、美しい眺望の、全宇宙の一部になっているという感覚、実感であった」(P401)
さて、ラーラの次の言葉が、とても印象に残っています。
作者パステルナークが、もっとも言いたかったのは、こういうことなのではないか。
「わたしたちは、自分が時代遅れの人間に見られたくないばっかりに、何よりも大
切なものを裏切ったり、嫌でたまらないものを讃美したり、わけもわからないこと
にうなずいたりしているんだわ」(P280)
ところで、名画「ドクトル・ジバゴ」を、レンタルで借りて見ることができました。
評判通りのすばらしい映画でした。映像も美しくて、見ていて飽きませんでした。
それにしても、ジバゴは結局、自分のプライドに生きた人だったんだと思いました。
彼はプライドを捨ててコマロフスキーを頼ることが、できませんでした。
また、パーシャも結局、自分の信念と理想に生きた人だったんだと思いました。
彼はあまりにも純粋すぎたため、ラーラへの愛よりも革命を優先してしまいました。
この二人の男たちは、ラーラよりも、自分を優先したのです。
その点、悪人のコマロフスキーの方が、ラーラのことを考えていたかもしれません。
さいごに。(DVDレンタル)
「ドクトル・ジバゴ」のDVDを、ツタヤで借りました。
借りて来たその日に、妻に知られてしまったため、一緒に見ました。
3時間30分と長いので、3日に分けて少しずつ見ました。
それにしても、この長編映画をわずか108円で見られるとは、本当に良い時代です。
ドクトル・ジバゴ2 [20世紀ロシア文学]
「ドクトル・ジバゴ(上)」 パステルナーク作 江川卓訳 (新潮文庫)
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となりましたが、国際的に評価されノーベル賞に選出されました。
上巻については、すでに紹介しました。
→ https://ike-pyon.blog.so-net.ne.jp/2016-07-14
ロシア革命の混乱のさなか、ジバゴとラーラは図書館で運命的に再会しました。
ジバゴには田舎に置いてきた妻がいて、ラーラには前線に赴いた夫がいました。
しかし、この非常時に、二人の愛は燃え上がったのです。
以後、ジバゴは妻のトーニャを欺いて、ラーラと会うようになります。
トーニャは理想的な妻であり、ジバゴは彼女を、愛しながらも崇めています。
にもかかわらず、ジバゴはラーラに惹かれてしまいます。男のサガの悲しさ!
やがて、罪の意識にさいなまれたジバゴは、ラーラと別れる決心をしました。
ところが、ラーラの家に向かう途中、彼はパルチザン隊に強制徴用されて・・・
ジバゴはどうなるのか? ラーラは? 残された家族は?
赤軍と白軍との無残な戦闘は、人びとを容赦なく疲弊させていき・・・
この小説の上巻を読んだのは3年前で、下巻の最初で投げ出していました。
ところが今読んでみると面白くて面白くて、なかなか本から離れられません。
本にはその人だけの旬がある、と聞いたことがあります。
この本は、私にとっての旬が来るまで、静かに待っていたのかもしれません。
物語の展開以上に、ジバゴの目を通して語られる革命の様子が印象的でした。
暴力、陰謀、処刑、狂気、殺戮・・・しかも、残虐な行為が賛美されています!
「この温和で、罪のない、ゆったりとした生活の流れが、一転、血と号泣のただ
なかに叩きこまれて、だれもがひとしなみの狂気と凶暴にとりつかれたように、
時々刻々、休む間もない殺戮が繰り返され、それが法にかなった行為、賛美の対
象になってしまった・・・」(P228)
なるほど、こういう記述は、革命に批判的だとみなされるでしょう。
ノーベル文学賞に選出されながら、当局に辞退させられたのは、本当に残念です。
ところで、忘れられないエピソードがあります。兵士パルイフの悲劇です。
家族を守れないかもしれないという恐怖から、家族4人を惨殺してしまい・・・
この小説の主題は、ジバゴとラーラの愛を中心とした人間模様だと思います。
しかし、作者が本当に書きたかったのは、こういう部分だったのではないか?
映画「ドクトル・ジバゴ」は、名画中の名画です。
以前、妻と一緒に見る約束をしましたが、ひとりきりのときにじっくり見たい。
さいごに。(娘の方が遅くまで起きている)
中学で初めてのテストが迫ってきたため、娘はテスト勉強をがんばっています。
私が10時頃寝てしまうのに、娘は11時半頃まで勉強していることもあります。
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となりましたが、国際的に評価されノーベル賞に選出されました。
上巻については、すでに紹介しました。
→ https://ike-pyon.blog.so-net.ne.jp/2016-07-14
ロシア革命の混乱のさなか、ジバゴとラーラは図書館で運命的に再会しました。
ジバゴには田舎に置いてきた妻がいて、ラーラには前線に赴いた夫がいました。
しかし、この非常時に、二人の愛は燃え上がったのです。
以後、ジバゴは妻のトーニャを欺いて、ラーラと会うようになります。
トーニャは理想的な妻であり、ジバゴは彼女を、愛しながらも崇めています。
にもかかわらず、ジバゴはラーラに惹かれてしまいます。男のサガの悲しさ!
やがて、罪の意識にさいなまれたジバゴは、ラーラと別れる決心をしました。
ところが、ラーラの家に向かう途中、彼はパルチザン隊に強制徴用されて・・・
ジバゴはどうなるのか? ラーラは? 残された家族は?
赤軍と白軍との無残な戦闘は、人びとを容赦なく疲弊させていき・・・
この小説の上巻を読んだのは3年前で、下巻の最初で投げ出していました。
ところが今読んでみると面白くて面白くて、なかなか本から離れられません。
本にはその人だけの旬がある、と聞いたことがあります。
この本は、私にとっての旬が来るまで、静かに待っていたのかもしれません。
物語の展開以上に、ジバゴの目を通して語られる革命の様子が印象的でした。
暴力、陰謀、処刑、狂気、殺戮・・・しかも、残虐な行為が賛美されています!
「この温和で、罪のない、ゆったりとした生活の流れが、一転、血と号泣のただ
なかに叩きこまれて、だれもがひとしなみの狂気と凶暴にとりつかれたように、
時々刻々、休む間もない殺戮が繰り返され、それが法にかなった行為、賛美の対
象になってしまった・・・」(P228)
なるほど、こういう記述は、革命に批判的だとみなされるでしょう。
ノーベル文学賞に選出されながら、当局に辞退させられたのは、本当に残念です。
ところで、忘れられないエピソードがあります。兵士パルイフの悲劇です。
家族を守れないかもしれないという恐怖から、家族4人を惨殺してしまい・・・
この小説の主題は、ジバゴとラーラの愛を中心とした人間模様だと思います。
しかし、作者が本当に書きたかったのは、こういう部分だったのではないか?
映画「ドクトル・ジバゴ」は、名画中の名画です。
以前、妻と一緒に見る約束をしましたが、ひとりきりのときにじっくり見たい。
さいごに。(娘の方が遅くまで起きている)
中学で初めてのテストが迫ってきたため、娘はテスト勉強をがんばっています。
私が10時頃寝てしまうのに、娘は11時半頃まで勉強していることもあります。
ソラリス [20世紀ロシア文学]
「ソラリス」 スタニスワフ・レム作 沼野允義訳 (ハヤカワ文庫)
惑星ソラリスを覆う海の、奇妙な現象に巻き込まれた人々を描いたSF小説です。
1961年にポーランド作家レムによって書かれ、二度にわたって映画化されました。
2015年にハヤカワ文庫から、ポーランド語オリジナルからの全訳が出ました。
とても分かりやすい文章でした。最近NHK「100分de名著」で紹介されました。
ソラリス、それは、不思議な海に覆われた惑星です。
海そのものが一つの生命体であり、しかも高い知能を備えているらしいのです。
人類は海の謎を解くために、様々な試みをしましたが、結局成功していません。
ソラリス上空の宇宙ステーションに滞在するのは、今ではわずか3人だけです。
そこへケルヴィンが派遣され、変わり果てたステーションの様子に驚きました。
既に1人は死んでいるし、正体不明の黒人女が歩き回っていているし。
そして、ケルヴィンの身にも、不思議な現象が起こりました。
あるとき目覚めると、そこに死んだはずの元恋人ハリーがいて・・・
眼の前のハリーはいったい何者か? ケルヴィンはどのような行動に出るのか?
あの海はいったい何なのか? 海はどのような意図を持っているのか?
昨年12月に放送された「100分de名著」を見てから、興味を持ちました。
番組はとても面白かったけど、小説はまた更に面白かったです。
「ソラリス」は第一に、コンタクトを扱った物語です。ただし、相手は海。
「未知との遭遇」や「ET」と、いかに違うことか!
「宇宙の向こう側から真実が―人間が口に出さず、隠してきた真実がー突きつけ
られたとき、われわれはそれをどうしても受け入れられないんだ」(P136)
「ソラリス」で描かれているのは、ただただ人類の戸惑いと混乱ばかりです。
そして、自分とは何か、存在とは何か、という哲学的な問いなのです。
「でも・・・わたしは・・・ハリーじゃないわ。じゃあ、わたしは誰なの・・・?
ハリー? じゃあ、あなたは!?」(P265)
結末まで読んでも、結局「海」が何なのか、よく分かりませんでした。
最後にヒントのようなものはありますが、答えは読者に委ねているようです。
ハラハラドキドキというよりも、深く深く考えさせられる作品でした。
そしてそれゆえに、古い作品でありながら、今でも多くの人を引きつけています。
さいごに。(雪には弱い)
めったに雪が降らない地域に住んでいるため、雪にはめっぽう弱いです。
昨日、近隣の市から通う仲間は、雪で帰れなくなり、職場の近くに泊まりました。
惑星ソラリスを覆う海の、奇妙な現象に巻き込まれた人々を描いたSF小説です。
1961年にポーランド作家レムによって書かれ、二度にわたって映画化されました。
2015年にハヤカワ文庫から、ポーランド語オリジナルからの全訳が出ました。
とても分かりやすい文章でした。最近NHK「100分de名著」で紹介されました。
ソラリス、それは、不思議な海に覆われた惑星です。
海そのものが一つの生命体であり、しかも高い知能を備えているらしいのです。
人類は海の謎を解くために、様々な試みをしましたが、結局成功していません。
ソラリス上空の宇宙ステーションに滞在するのは、今ではわずか3人だけです。
そこへケルヴィンが派遣され、変わり果てたステーションの様子に驚きました。
既に1人は死んでいるし、正体不明の黒人女が歩き回っていているし。
そして、ケルヴィンの身にも、不思議な現象が起こりました。
あるとき目覚めると、そこに死んだはずの元恋人ハリーがいて・・・
眼の前のハリーはいったい何者か? ケルヴィンはどのような行動に出るのか?
あの海はいったい何なのか? 海はどのような意図を持っているのか?
昨年12月に放送された「100分de名著」を見てから、興味を持ちました。
番組はとても面白かったけど、小説はまた更に面白かったです。
「ソラリス」は第一に、コンタクトを扱った物語です。ただし、相手は海。
「未知との遭遇」や「ET」と、いかに違うことか!
「宇宙の向こう側から真実が―人間が口に出さず、隠してきた真実がー突きつけ
られたとき、われわれはそれをどうしても受け入れられないんだ」(P136)
「ソラリス」で描かれているのは、ただただ人類の戸惑いと混乱ばかりです。
そして、自分とは何か、存在とは何か、という哲学的な問いなのです。
「でも・・・わたしは・・・ハリーじゃないわ。じゃあ、わたしは誰なの・・・?
ハリー? じゃあ、あなたは!?」(P265)
結末まで読んでも、結局「海」が何なのか、よく分かりませんでした。
最後にヒントのようなものはありますが、答えは読者に委ねているようです。
ハラハラドキドキというよりも、深く深く考えさせられる作品でした。
そしてそれゆえに、古い作品でありながら、今でも多くの人を引きつけています。
さいごに。(雪には弱い)
めったに雪が降らない地域に住んでいるため、雪にはめっぽう弱いです。
昨日、近隣の市から通う仲間は、雪で帰れなくなり、職場の近くに泊まりました。
ドクトル・ジバゴ1 [20世紀ロシア文学]
「ドクトル・ジバゴ(上)」 パステルナーク作 江川卓訳 (新潮文庫)
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となりましたが、国際的に評価されてノーベル賞を受賞しました。
新潮文庫から上下二分冊で出ていました。現在は品切れで、古本は高値です。
訳者は江川卓。とても分かりやすく訳されています。また、カバーがカッコいい。
ユーラ・ジバゴは、母と父を亡くし、モスクワのグロメコ家に引き取られました。
ジバゴは医学を学び、青春を共に過ごしたグロメコ家のトーニャと結婚しました。
しかし、息子が生まれてすぐに、ジバゴは野戦病院で働くように命じられました。
そして退却中、ある病院で出会った看護婦は、かつて見知っていたラーラでした。
ラーラ・ギシャールは、母親の恋人コマロフスキーと、関係を持っていました。
人生を清算し、泥沼から抜け出し、自分を愛してくれるパーシャと結婚しました。
しかし、娘が生まれてすぐに、パーシャは志願して前線に行ってしまいました。
消息を絶った夫を探しに、前線へ赴いたときに出会った医師が、ジバゴでした。
こうして、ジバゴとラーラの人生が、ようやく交差しました。
そして、その間に、ロシア革命が起こったのです・・・
現在、上巻を読み終えて、「あれ?」と思っています。
ジバゴとラーラは出会いましたが、その関係はなかなか発展しません。
そういえば、ジバゴ一家が向かった土地は、ラーラにゆかりのある土地でした。
下巻での展開が気になりますが、最近なかなか読む時間が取れなくて・・・
ところで、「ドクトル・ジバゴ」を勧めてくれたのは、我が妻でした。
といっても彼女が勧めてくれたのは、オマー・シャリフ主演の映画の方です。
この映画は、名作中の名作として、知られています。長すぎるのが難点ですが。
妻と一緒に見る約束をしましたが、その前に原作を読み終えたいです。
ここまで読んで、トルストイの「戦争と平和」のようだと思いました。
これはロシアを舞台にした一大叙事詩で、戦争の代わりに革命があります。
この作品は、ジバゴとラーラの愛の物語、と紹介されることが多いです。
しかし、パステルナークはむしろ、革命の様子を書き残したかったようです。
「旧国家の圧制を抜け出してみたら、そこに待っていたのは、新しい革命政府の
以前に倍する、超国家的ともいえる圧迫じゃありませんか。」(P388)
「ぼくに言わせれば、マルクス主義ぐらい自己閉鎖的で、あれくらい事実から
遊離している思想はほかにありませんね。」(P449)
この作品はロシア革命に批判的だという理由で、ソ連では発禁処分になりました。
さらに、ノーベル賞を受賞したものの、ソ連共産党によって辞退させられました。
そういうソ連時代のエピソードも含めて、歴史的な意味を持っている作品です。
現在品切れでとても手に入りにくい本です。常時手に入るようにしてほしいです。
さいごに。(目指せ漢字100点)
娘が、学校の漢字テストで100点を目指して勉強していました。
「100点取ったら、ママがハーゲンダッツを買ってくれるって」とのこと。
私も娘を応援しています。
うちでそのような高級アイスを買うことなど、めったに無いことなので。
革命期の混乱したロシアを舞台に、医師ジバゴとラーラの運命を描いた物語です。
ソ連で発禁処分となりましたが、国際的に評価されてノーベル賞を受賞しました。
新潮文庫から上下二分冊で出ていました。現在は品切れで、古本は高値です。
訳者は江川卓。とても分かりやすく訳されています。また、カバーがカッコいい。
ユーラ・ジバゴは、母と父を亡くし、モスクワのグロメコ家に引き取られました。
ジバゴは医学を学び、青春を共に過ごしたグロメコ家のトーニャと結婚しました。
しかし、息子が生まれてすぐに、ジバゴは野戦病院で働くように命じられました。
そして退却中、ある病院で出会った看護婦は、かつて見知っていたラーラでした。
ラーラ・ギシャールは、母親の恋人コマロフスキーと、関係を持っていました。
人生を清算し、泥沼から抜け出し、自分を愛してくれるパーシャと結婚しました。
しかし、娘が生まれてすぐに、パーシャは志願して前線に行ってしまいました。
消息を絶った夫を探しに、前線へ赴いたときに出会った医師が、ジバゴでした。
こうして、ジバゴとラーラの人生が、ようやく交差しました。
そして、その間に、ロシア革命が起こったのです・・・
現在、上巻を読み終えて、「あれ?」と思っています。
ジバゴとラーラは出会いましたが、その関係はなかなか発展しません。
そういえば、ジバゴ一家が向かった土地は、ラーラにゆかりのある土地でした。
下巻での展開が気になりますが、最近なかなか読む時間が取れなくて・・・
ところで、「ドクトル・ジバゴ」を勧めてくれたのは、我が妻でした。
といっても彼女が勧めてくれたのは、オマー・シャリフ主演の映画の方です。
この映画は、名作中の名作として、知られています。長すぎるのが難点ですが。
妻と一緒に見る約束をしましたが、その前に原作を読み終えたいです。
ここまで読んで、トルストイの「戦争と平和」のようだと思いました。
これはロシアを舞台にした一大叙事詩で、戦争の代わりに革命があります。
この作品は、ジバゴとラーラの愛の物語、と紹介されることが多いです。
しかし、パステルナークはむしろ、革命の様子を書き残したかったようです。
「旧国家の圧制を抜け出してみたら、そこに待っていたのは、新しい革命政府の
以前に倍する、超国家的ともいえる圧迫じゃありませんか。」(P388)
「ぼくに言わせれば、マルクス主義ぐらい自己閉鎖的で、あれくらい事実から
遊離している思想はほかにありませんね。」(P449)
この作品はロシア革命に批判的だという理由で、ソ連では発禁処分になりました。
さらに、ノーベル賞を受賞したものの、ソ連共産党によって辞退させられました。
そういうソ連時代のエピソードも含めて、歴史的な意味を持っている作品です。
現在品切れでとても手に入りにくい本です。常時手に入るようにしてほしいです。
さいごに。(目指せ漢字100点)
娘が、学校の漢字テストで100点を目指して勉強していました。
「100点取ったら、ママがハーゲンダッツを買ってくれるって」とのこと。
私も娘を応援しています。
うちでそのような高級アイスを買うことなど、めったに無いことなので。
絶望 [20世紀ロシア文学]
「絶望」 ナボコフ作 貝澤哉(かいざわはじめ)訳 (古典新訳文庫)
自分そっくりの男に出会った主人公が、完全犯罪を目論む物語です。
ナボコフがアメリカ移住前に、ロシア語で書いた初期の作品です。
2013年に古典新訳文庫から出ました。
この作品のロシア語原典訳は、日本初だそうです。
チョコレート工場を営むゲルマンは、プラハで自分に瓜二つの男と出会いました。
その男の名はフェリックス。浮浪者です。
フェリックスに会った直後、ゲルマンは完全犯罪を思いつきました。
一方、工場の経営はうまくいかず、妻との生活も面白くありません。
ゲルマンは、計画を実行するため、再びフェリックスに接触して・・・
これで、うまくいったと思いきや・・・
本文はゲルマンの一人称で、話は思いつくままにあちこち に飛びます。
しかも、どうもゲルマンの言ってる内容が、信用できない感じがする。
更に、ナボコフ一流の言葉遊びが入り込むので、理解しにくかったです。
ナボコフは「言葉の魔術師」と言われますが、翻訳には苦労したでしょう。
ところで、作品のタイトルは「絶望」です。
最初から、悲劇的な結末が充分予想されます。
が、それにしても、結末は意外でした。まさか、そう来るとは!
というか、そんなのありか?!
解説に書いてあるとおり、確かに映画では、こういう騙し方はできません。
小説というものの特性を、考えさせられるような作品でした。
さて、古典新訳文庫からは、「カメラ・オブスクーラ」も出ています。
名作「ロリータ」の原型とも言われている作品です。読んでおきたいです。
それから、ナボコフといったら「ロリータ」。いつか読まなくては。
「絶望」など初期作品に比べて、ずっと難解で読みにくいのだそうです。
さいごに。(25m失敗)
娘の水泳教室でテストがありましたが、25m泳ぐことに失敗しました。
実は、これで3回目の失敗です。練習ではちゃんと泳げているのですが。
呼吸が苦しくて、途中で立ってしまったのだそうです。
一番悔しいのは、娘自身だと思いますが。
自分そっくりの男に出会った主人公が、完全犯罪を目論む物語です。
ナボコフがアメリカ移住前に、ロシア語で書いた初期の作品です。
2013年に古典新訳文庫から出ました。
この作品のロシア語原典訳は、日本初だそうです。
チョコレート工場を営むゲルマンは、プラハで自分に瓜二つの男と出会いました。
その男の名はフェリックス。浮浪者です。
フェリックスに会った直後、ゲルマンは完全犯罪を思いつきました。
一方、工場の経営はうまくいかず、妻との生活も面白くありません。
ゲルマンは、計画を実行するため、再びフェリックスに接触して・・・
これで、うまくいったと思いきや・・・
本文はゲルマンの一人称で、話は思いつくままにあちこち に飛びます。
しかも、どうもゲルマンの言ってる内容が、信用できない感じがする。
更に、ナボコフ一流の言葉遊びが入り込むので、理解しにくかったです。
ナボコフは「言葉の魔術師」と言われますが、翻訳には苦労したでしょう。
ところで、作品のタイトルは「絶望」です。
最初から、悲劇的な結末が充分予想されます。
が、それにしても、結末は意外でした。まさか、そう来るとは!
というか、そんなのありか?!
解説に書いてあるとおり、確かに映画では、こういう騙し方はできません。
小説というものの特性を、考えさせられるような作品でした。
さて、古典新訳文庫からは、「カメラ・オブスクーラ」も出ています。
名作「ロリータ」の原型とも言われている作品です。読んでおきたいです。
それから、ナボコフといったら「ロリータ」。いつか読まなくては。
「絶望」など初期作品に比べて、ずっと難解で読みにくいのだそうです。
さいごに。(25m失敗)
娘の水泳教室でテストがありましたが、25m泳ぐことに失敗しました。
実は、これで3回目の失敗です。練習ではちゃんと泳げているのですが。
呼吸が苦しくて、途中で立ってしまったのだそうです。
一番悔しいのは、娘自身だと思いますが。
われら [20世紀ロシア文学]
「われら」 ザミャーチン作 川端香男里訳 (岩波文庫)
全ての国民が統制されている「単一国」を描いた、アンチ・ユートピア小説です。
「もっとも悪質な反ソ宣伝の書」と言われ、作者は亡命を余儀なくされました。
岩波文庫から、昨年11月に復刊され、読むことができるようになりました。
川端訳はテンポ良く訳されていて、原文の緊張感をうまく伝えています。
舞台は、数世紀後の世界です。
D-503号と呼ばれる数学者の、覚え書という体裁をとっています。
「単一国」では、何百万人の人々が、時間立法表に従って、同じ生活をしています。
個人はナンバーで呼ばれ、自由時間は、日に2回の個人時間のみ。
しかも、住居はガラス張りで、守護者と呼ばれる人々に、常に監視されています。
例えば、恋人と夜の時間を過ごすには…
性規制局によって決められたセックス・デーに、恋人をあらかじめ予約しておき、
当局からピンク・クーポンを受け取り、ブラインドを降ろす許可をもらうのです!
そして、こういう束縛された生活を、D-503号は褒めたたえているのです。
そこが、実に面白い。例えば、54ページ。
「飛行機の速度=0なら、飛行機は動かない。
人間の自由=0なら、人間は罪を犯さない。それは明白である。
人間を犯罪から救い出す唯一の手段は、人間を自由から救い出してやることである。」
完全に統制されたこの世界に、魂という語はすでにありません。
「われ」という個人はなく、人々は「われら」という一まとまりでくくられています。
しかし、D-503号は、あるとき、I-330号という魅力的な女性に出会います。
そして、少しずつ「われら」から外れていって…
さて、覚え書には、時々飛躍があったり、幻想が錯綜していたりします。
正直に言って、「覚え書34」の内容は、よく分かりませんでした。
それでも、最後までいっきに読ませます。名作です。
この本を、今後二度と、品切れにしてはいけませんよ。
さいごに。(デザートタイム)
夕食後のデザートタイムで、お年賀でもらったお菓子を、少しずつ食べています。
お菓子は、夕食を食べ終わってから、出すことになっています。
しかし、私は昨日、娘の食事が終わらないうちに、お菓子を出してしまいました。
そのお菓子が、とてもおいしそうだったので、娘は興奮して味噌汁をひっくり返し…
妻は怒るし、娘は泣くし…
全ての国民が統制されている「単一国」を描いた、アンチ・ユートピア小説です。
「もっとも悪質な反ソ宣伝の書」と言われ、作者は亡命を余儀なくされました。
岩波文庫から、昨年11月に復刊され、読むことができるようになりました。
川端訳はテンポ良く訳されていて、原文の緊張感をうまく伝えています。
舞台は、数世紀後の世界です。
D-503号と呼ばれる数学者の、覚え書という体裁をとっています。
「単一国」では、何百万人の人々が、時間立法表に従って、同じ生活をしています。
個人はナンバーで呼ばれ、自由時間は、日に2回の個人時間のみ。
しかも、住居はガラス張りで、守護者と呼ばれる人々に、常に監視されています。
例えば、恋人と夜の時間を過ごすには…
性規制局によって決められたセックス・デーに、恋人をあらかじめ予約しておき、
当局からピンク・クーポンを受け取り、ブラインドを降ろす許可をもらうのです!
そして、こういう束縛された生活を、D-503号は褒めたたえているのです。
そこが、実に面白い。例えば、54ページ。
「飛行機の速度=0なら、飛行機は動かない。
人間の自由=0なら、人間は罪を犯さない。それは明白である。
人間を犯罪から救い出す唯一の手段は、人間を自由から救い出してやることである。」
完全に統制されたこの世界に、魂という語はすでにありません。
「われ」という個人はなく、人々は「われら」という一まとまりでくくられています。
しかし、D-503号は、あるとき、I-330号という魅力的な女性に出会います。
そして、少しずつ「われら」から外れていって…
さて、覚え書には、時々飛躍があったり、幻想が錯綜していたりします。
正直に言って、「覚え書34」の内容は、よく分かりませんでした。
それでも、最後までいっきに読ませます。名作です。
この本を、今後二度と、品切れにしてはいけませんよ。
さいごに。(デザートタイム)
夕食後のデザートタイムで、お年賀でもらったお菓子を、少しずつ食べています。
お菓子は、夕食を食べ終わってから、出すことになっています。
しかし、私は昨日、娘の食事が終わらないうちに、お菓子を出してしまいました。
そのお菓子が、とてもおいしそうだったので、娘は興奮して味噌汁をひっくり返し…
妻は怒るし、娘は泣くし…