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復活の日2 [日本の現代文学]

 「復活の日」 小松左京 (ハルキ文庫)


 未知のウィルスによって滅亡に瀕した人類と、その復活の日を描いたSF小説です。
 第一部「災厄の年」と第二部「復活の日」の二部構成。前回第一部を紹介しました。


復活の日 (角川文庫 緑 308-9)

復活の日 (角川文庫 緑 308-9)

  • 作者: 小松 左京
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/10/21
  • メディア: 文庫



 疫病の流行からわずかな期間で、人類はほとんど滅亡状態に追いやられていました。
 しかし中には、最後まで矜持を持って、自分の責務を果たそうとする人もいました。

 力が尽きるまで病人を救おうと、必死でがんばり続けた医師。
 死の間際にありながら、ラジオ講座で自分の考えを伝え続けた学者。

 死の瞬間までひたすら、ウィルスの情報を無線で発信し続けた研究者。
 自国のARS(全自動報復装置)を破壊しようとした、アメリカ大統領。

 しかし、その夏の終わりには、南極の1万人を除いて、人類は滅んでしまいました。
 祖国を失った今、その1万人はもはやなに人でもなく、ひとつの南極人でした。

 4年後、地震予知研究者の吉住は、アラスカで大規模地震が発生すると予知しました。
 しかし、それは南極と無縁の話。ところが、南極政府のトップたちはおののきました。

 「北米大陸は無人ではあろうが―まだ生きのこっているものがある・・・」
 「なんです?」吉住は思わずのりだした。「なにが生きのこっているんです?」
 「人間の憎悪だ・・・」(P367)

 ARSとは何か? それが連鎖したときに、起こりうることは?
 それを止めることはできるのか? では、誰が止めに行くのか?・・・

 手に汗握る展開で、結末までまっしぐらに突き進んでいきます。
 原作も映画も、まったく目が離せません。そしてラストは・・・

 さて、私が面白いと思ったのは、この小説で描かれた「人類の性(サガ)」です。
 人類はかつて棍棒を使い、銃を使い、戦車を使い、そして核さえも使用しました。

 なぜそのような武器や兵器を使い、お互いに殺し合い、奪い合うのでしょうか?
 それは一見すると、「生きのこること」を求める人類のサガのように思われます。

 しかし、それらの武器や兵器が、やがて自分たちにも向けられることは明白です。
 実際に核軍事体制は、スイッチ一つで自国も敵国も滅亡させてしまうシステムです。

 つまり、人類は長い歴史を通して、自滅するためのシステムを構築してきたのです。
 もしかしたら、人類のサガは「自滅すること」を求めているのではないでしょうか?

 人類はあまりにも破壊してきました。
 人類だけでなく、他の生物、自然、地球そのものを、あまりにも破壊してきました。

 我々はどこかで、地球のためにも「人類は自滅するべきだ」と、思っているのでは?
 「復活の日」を読みながら、そんなことを考えました。

 「いったい、いかなる凶暴で不吉な存在が、かかる災厄を、このうるわしい星の上に
 もたらしたのか?」(P20)

 これは、プロローグに書かれていた言葉です。私は、言いたい!
 「人類が災厄をもたらしたのだ、人類はまさに自滅したのだ」と。

 さいごに。(復活の日)

 ところで、今さらながらですが、1980年映画「復活の日」を見ました。
 小学校のころ見たくて見れなかった映画です。ツタヤで110円でレンタルしました。

 とても面白かったです。
 ARSの停止がぎりぎり間に合わなかったところなど、タイミングが良すぎですが。



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