SSブログ

天路歴程1 [17世紀文学]

 「天路歴程 第一部」 ジョン・バニヤン作 竹友藻風訳 (岩波文庫)


 破滅の町に住む男クリスチャンが、様々な苦難を乗り越えて天国に至る物語です。
 1678年に出て、プロテスタント世界では、聖書に次いで読まれている宗教書です。

 岩波文庫から2012年に復刊されました。書店によってはまだ置いてあります。
 初版は1951年。活字が小さくて、旧字体も使われているため、読みにくいです。


天路歴程 第1部 (岩波文庫 赤 207-1)

天路歴程 第1部 (岩波文庫 赤 207-1)

  • 作者: ジョン・バニヤン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: 文庫



 クリスチャンはあるとき、自分がいかに罪深い生活を送って来たかを悟りました。
 「私は自ら破滅に陥っている。救われるためには、私はどうしたらいいだろう?」

 エヴァンジェリスト(伝道師)が、クリスチャンに聖書を手渡して言いました。
 「あの光から目を離さずにまっすぐ進み、門が現れたらそれをたたきなさい。」

 こうしてクリスチャンの、旅が始まりました。
 門をたたき、その重荷を解くまでに、彼は多くの困難を克服していきます。

 時には悪竜と戦い、時には巨人に捕らわれ・・・と、騎士道小説のようです。
 騎士道小説との違いは、それぞれの苦難に宗教的な意味が含まれていることです。

 悪竜の名は、ヨハネの黙示録に出てくるアポルオン(破壊者)です。
 巨人の名は、ディスペーア(絶望)と、ディフィデンス(疑念)です。

 それぞれの冒険は、キリスト教信仰における困難とその克服を意味しています。
 冒険を通じて、クリスチャンは、理想的なキリスト教徒に成長していきます。

 そして、第一部の最後は・・・なかなかイミシンです。
 「その現身の衣を川の中へ脱ぎ捨てて来た」とは、死んだということか?

 では、その後に描かれる理想的な世界は、死後の世界なのか?
 そういえば「西遊記」の一行も、川で現身を流し去ったあと天国に至りました。

 ところで、「天路歴程」の冒頭は、次のような魅力的な文章で始まっています。
 「この世の荒野を歩いている時、とある穴窟(あなむろ)のあるところにさしか
 かり、そこに身を横たえて眠った。」

 このときジョン・バニヤンは、免許なしで伝導した罪で監獄に入っていました。
 彼はプロテスタントだったので、逮捕には宗教的な理由も関わったのでしょう。

 冒頭の「この世の荒野の穴窟」とは、つまり、監獄のことのようです。
 クリスチャンは、監獄において強固に鍛えられていく、自分の分身なのでしょう。

 さて、この物語の文章の上の部分には、小見出しがあって理解を助けてくれます。
 小見出しをたどることで、クリスチャンの物語を簡単に振り返ることができます。

 たいへん便利な小見出しなのですが、活字が小さいため、読むのに苦労しました。
 老眼なので、ここを読むために眼鏡を外さなければならなくて、面倒だったです。

 「天路歴程」には、続編の第二部があります。
 すでに絶版のようですが、私は地元の書店で普通に手に入れることができました。


天路歴程 第2部 (岩波文庫 赤 207-2)

天路歴程 第2部 (岩波文庫 赤 207-2)

  • 作者: ジョン・バニヤン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: 文庫



 さいごに。(ジャニーズの話に入るな)

 先日の飲み会で、「妻と娘のジャニーズの話に入れない」と、友人に言ったら、
 「妻と娘の世界に割り込もうとするところが間違ってる」と、指摘されました。

 そういう話には入らず、さりげなく役立ってあげることが大事なのだそうです。
 たとえばコンサート会場まで車で送ってあげるとか・・・私にはできないなあ。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。