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夜のみだらな鳥2 [20世紀ラテンアメリカ文学]

 「夜のみだらな鳥」 ホセ・ドノソ作 鼓直訳 (集英社版 世界の文学)


 修道院に逃れてきたウンベルトが語る、狂気と妄想を余すところなく描いた作品です。
 世界の奇書とも呼ばれるこの傑作が、文庫化されていません。単行本も絶版状態です。


夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

夜のみだらな鳥 (ラテンアメリカの文学 (11))

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1984/07/01
  • メディア: 単行本



 後半に入ってさらに、目をそむけたくなるようなおぞましい出来事が語られます。
 それが怖いもの見たさの心理をあおるのか、逆に本から目が離せなくなりました。

 ボーイが誕生する辺りから、おどろおどろしさの度合いはどんどん増していきます。
 そして、ウンベルトが病に倒れたとき、彼はいったい何をされたか?・・・

 後半に入って、語り手ウンベルトの話は、加速度的に混乱していきます。
 頭の中に他人が入り込んでいるため、彼の言葉は色んな人の思考を反映しています。

 「そのうち教えてあげるわ。そうね、あんたがいま見ているものの裏っかわで起きて
 る、もっともっとややこしいことよ。時間やいろんな物の影も、そこではみんな歪ん
 でしまうのよ。」(P234)

 どうやら、ウンベルトの頭の中では、時間や空間が歪んでしまっているらしいです。
 いろいろと矛盾することが、当たり前のように書かれているため、面くらいます。

 最初、ウンベルトは教員の子とされていたが、のちに、イリスの子になっています。
 しかもそのイリスを孕ませたのも、どうやらウンベルトのようなのです。

 正直に言って、私にはほとんど理解できませんでした。
 理解できないものは、楽しむこともできないし、味わうこともできません。

 確かにこの作品は「世界の奇書」かもしれません。
 実際、読んでいる間は、魔術にかけられたみたいにのめりこみました。

 ところが、読み終わってみると、カタルシスはなく、もやもやだけが残りました。
 これは優れた文学でしょうか?

 人を煙に巻くようなことばかり述べられていて、真実がいっこうに分かりません。
 物語と関係のないたわごとばかりが、無意味に書かれているように思えました。

 もう少し無駄な部分を省いて、物語を整理したなら、分量は半分になるでしょう。
 そしたらもっと普遍的な作品となり、今頃は文庫として残っていたのではないか?

 さて、これで私はラテンアメリカ文学五人衆の代表作を、ほぼ読み終わりました。
 そこで、20世紀ラテンアメリカ文学の取り組みについて、思うところがあります。

 その多くに、読者を南米の密林に招いて迷子にさせるようなところがありました。
 わざと分かりにくく語って人を混乱させ、その混乱を味わわせるという手法です。

 これは、文学が行き詰ったときに、苦し紛れに編み出された手法だと思います。
 最初こそ斬新さが目を引きますが、そのうち飽きられ、振り返られなくなります。

 こうした手法(遊び?)は、決して文学の本流を行くものではありません。
 その証拠に、一時世界を席巻した作品も、多くはブーム後に廃れてしまいました。

 そういう意味で、ラテンアメリカ文学ブームは、あだ花だったと思っています。 
 もちろん例外として、「百年の孤独」のような絶対的な名作もありますが。

 と、また勝手なことを書いてしまいました。南米文学ファンの方々、ご容赦を。
 次は、「蜘蛛女のキス」や「精霊の家」などを読んでいきたいと思っています。

 さいごに。(聴覚低下)

 人間ドックでの聴力検査が、二年連続でひっかかりました。
 ヘッドホンをしても、なかなか検査が始まらないので、変だと思ったら・・・

 聞こえてなかったんですね。検査はちゃんと始まっていたのです。
 耳鼻科に行く時間はないので、家で耳に効くツボのマッサージをしています。

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