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吉野葛・盲目物語 [日本の近代文学]

 「吉野葛・盲目物語」 谷崎潤一郎 (新潮文庫)


 「吉野葛」は、昔の同級生と一緒に、吉野を旅した時の出来事を綴った物語です。
 「盲目物語」は、織田信長の妹お市の方の数奇な運命を、盲人が語った物語です。


吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

吉野葛・盲目物語 (新潮文庫)

  • 作者: 潤一郎, 谷崎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/02/21
  • メディア: 文庫



 「吉野葛」の語り手は、吉野を舞台にした小説を企てている、小説家の「私」です。
 「私」は、一高時代の友人で吉野に詳しい津村に誘われ、吉野を巡る旅に出ました。

 二人は菜摘の里である家を訪れ、静御前のものとされる「初音の鼓」を見ました。
 これは、親狐の皮で張ってあり、静が打ち鳴らすと忠信狐が現れるというものです。

 津村は言います。「自分はあの鼓を見ると自分の親に会ったような思いがする」と。
 津村の持つ母の記憶は、わずかに三味線の「狐噲(こんかい)」を弾く姿だけです。

 母に宛てた手紙にあった、「白狐の命婦之進(びゃっこのみょうぶのしん)」とは?
 吉野の国栖のある家で見た、稲荷の祠は? そこで見た少女は・・・

 なぜかとても懐かしい気持ちになる作品です。そして、吉野を旅したくなります。
 結末が不思議です。「コーン」という下駄の音は、何を暗示しているのでしょうか?

 「盲目物語」の語り手は、信長の妹であるお市の方のおそばに仕えた盲人の男です。
 浅井の城で奉公していた彼は、信長の元より長政に嫁いだお市の方に仕えました。

 按摩として働くうちに、手の感触を通してお市の方の美しさを知り、恋焦がれます。
 やがて信長と長政が対立し、長政が滅亡して、お市は信長のもとに届けられました。

 盲人もまたお市とともに、清洲城で穏やかな日を過ごしますが、本能寺の変で・・・
 お市の方は今度は柴田勝家に嫁いだが、一年もたたずに秀吉に敗れて・・・

 「おくがたは三十路にちかくおなりあそばし、お年をめすにしたがっていよいよ御
 きりょうがみずぎわ立たれ、ようがんますますおんうるわしく、つゆもしたたるば
 かりのくろかみ、芙蓉のはなのおんよそおい、そのうえふくよかにお肥えなされた
 おからだのなよなよとしてえんなることと申したら、」(P146)

 盲人の言葉ですが、ある意味、非常にエロティックな描写だと思います。
 盲人でありながら、なぜ見てきたことのように、お市の方の美しさを語れるのか?

 それは、彼が生涯をかけてお市の方を愛していたから。実に谷崎的なテーマです。
 彼の愛は本当は、お市の方とともに死ぬことによって、貫徹されるはずでした。

 「死ぬべきおりに死なないと死ぬにもまさるはずかしめをうけますことは、わたく
 しもしみじみおぼえがござります。」(P205)

 この言葉は、お市の方の言葉の引用ですが、そのまま盲人自身の言葉でもあります。
 彼もまた、死ぬべきおりに死ねなかった人間。余生は死んだように生きるしかない。

 さいごに。(2021年3月発売の気になる文庫本)

・3/8 「ロード・ジム」 コンラッド (河出文庫)
 → 講談社文芸文庫の鈴木健三訳で読みましたが、とても分かりにくかったです。
   河出世界文学全集版の柴田訳が、ようやく文庫で登場。出たら迷わず買い。

・3/10 「ミドルマーチ 4」 ジョージ・エリオット (古典新訳文庫)
 → 全4巻がこれで完結。他の文庫では読めません。出たら迷わず4冊揃いで買い。

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