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チボー家の人々10 [20世紀フランス文学]

 「チボー家の人々10」 マルタン・デュ・ガール作 山内義雄訳 (白水Uブックス)


 3人の青年たちが成長してい10年を、世界情勢を交じえながら描いた大河小説です。
 今回紹介するのは白水Uブックスの10巻で、第七部「一九一四年」の「Ⅲ」です。


チボー家の人々 10 1914年夏 (白水Uブックス 47)

チボー家の人々 10 1914年夏 (白水Uブックス 47)

  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 1984/01/01
  • メディア: 新書



 ベルリンに赴いたジャックは、トラウテンバッハという男から指令を受けました。
 そして彼は、駅である文書を受け取り、メネストレルのもとに急いで運びました。

 実はその文書は、オーストリアのシュトルバッハ大佐から盗み出されたものでした。
 そして、もし表ざたにすれば、世界の情勢を一変させる力のあるものだったのです。

 その文書は、ドイツとオーストリアがあらかじめ共謀していたことの証拠でした。
 この証拠は反戦運動の強力な武器であり、戦争を止める可能性を持つものでした。

 ところが、文書を手にしたメネストレルは、これを隠しておくことに決めたのです。
 彼は考えます。「戦争を防止するべきか? 戦争こそ革命の切り札だというのに。」

 インターナショナルの会合では戦争反対が叫ばれ、平和が実現するように見えました。
 しかし、時代の流れはじっくりと確実に、世界大戦へ向かっていくのでした。

 外交官のリュメルは言います。「おそろしい歯車だ、ひとりでに動き出した。」と。
 「ぼくらは、ブレーキがきかない列車が奈落に向かって転落しているようだ。」と。

 「誰も彼もが、ついきのうまで、ぜったいそんなことはしないと言いきっていたこと
 をやっている・・・まるで、責任ある連中が、みんなおどらされてでも―何にだろう
 —高いところから、ずっと遠くから、何か目に見えない力によっておどらされてでも
 いるようなんだ・・・」(P112)

 戦争が迫る中、ジャックはジェンニーを伴って会合に出て、大衆を前に演説し・・・
 アントワーヌはバタンクールの誠実さに接し、アンヌとの関係をやめようと・・・

 この巻の前半はスパイ小説さながらです。物語は俄然面白くなってきました。
 歴史を変えたかもしれないジャック! その可能性を握りつぶしたメネストレル!

 さて、本巻前半を印象付けるのは、革命家仲間のリーダーであるメネストレルです。
 革命を成就するため平和さえも犠牲にする彼を、パタースンは次のように評します。

 「なんでもやってのけられる人間なんだ! 何ひとつ信じない、何ひとつ―自分自身
 をさえ信じられないといった絶望感から。そうだ、彼自身無なんだから」(P78)

 そしてメネストレルは、文書の隠匿を決意した時点で、何かが崩れてしまいました。
 愛人のアルフレダがパタースンに奪われてしまうのは、彼の崩壊を象徴しています。

 そして、P80からのイミシンな場面。メネストレルは何をしようとしていたのか?
 目次の小見出しを見るまで、私には分かりませんでした。まさか、自〇未〇とは!

 この巻のクライマックスは、インターナショナルでのジャックの演説でしょうか。
 「国民は全能の武器を持っている。それは、ストライキだ! ゼネストだ!」

 愛するジェンニーの前で、ジャックは群衆を熱狂させ、拍手喝さいを浴びました。
 ただし、ジャックは自分で自分の言葉を信じていないような気がしてなりません。

 さて、一方アントワーヌは、バタンクールの訪問がひとつの大きな転機となります。
 バタンクールの誠実さに触れて、その妻アンヌとの不倫をやめようと決心します。

 「人生は、こんなものであるべきではない・・・おれのような人間、おれのような生
 活、おれのやっているような行為、そうしたものからこそ、世の中の混乱、虚偽、不
 正、精神的苦悩が生まれてくるのだ・・・」

 そういう思いは、アンヌとの仲も終わりだと考えた瞬間、魔法のように消えました。
 私には、アントワーヌが生きざまを変えたこの場面が、とても心に染み入りました。

 もうひとつの印象的な場面が、ジャックとアントワーヌの動員についての会話です。
 このような描写があるからこそ、ノーベル文学賞を受賞したのだと思います。

 「召集に応じて動員される者は、すべて国家の政策に賛成するもので、その結果戦争
 までも承認する者なんです。(中略)政府から命令されたというだけで、そうした人
 殺しにひと役買うことが承知できるでしょうか?」(P201)

 「もし今夜にも、大多数によって選ばれた政府によって―たといそれがおれの投票に
 反したものであったにせよだ―動員令が発せられたとなった場合(中略)すべての人
 々にとってぜんぜん同一な義務を回避したりする権利は持てないと思うんだ!」(P208)

 全体の利益は平和にあって戦争にはない、だから動員には応じないのだ、と言う弟。
 危機において動員に応じないのは個人の利益の重視だ、と言う兄。どちらが正しい?

 さいごに。(熱海の紅葉)

 先日、日本一遅いとも言われる熱海の紅葉を見てきました。
 さすがに散り際でしたが、充分に美しく、楽しむことができました。

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