狭き門 [20世紀フランス文学]
「狭き門」 ジッド作 中条省平・中条志穂訳 (古典新訳文庫)
愛と信仰の相克の果てに、自己犠牲に至る女を描いた、悲劇的な物語です。
ジッドの前半生の体験を反映した作品で、題名は聖書の言葉によっています。
ジェロームはビュコラン家を訪れるうちに、2歳上のアリサに惹かれていきました。
ジェロームが14歳のある日、ビュコラン夫人は駆け落ちし、アリサは心を痛めます。
日曜日の礼拝堂では、牧師が「力を尽くして狭き門より入れ」と説教していました。
「生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見出す者すくなし」と。
それを聞いてジェロームは、アリサと一緒に狭き門を入る姿を想像するのでした。
やがて二人は愛し合い、年を重ねながら、愛はますます深まっていきますが・・・
アリサはなぜか婚約を拒んで・・・交流は手紙のやり取りだけとなり・・・
そして、ジェロームが兵役を終え、久しぶりにアリサに会ってみると・・・
この作品を最初に読んだのは大学時代で、本は新潮文庫版でした。
当時の感想はひとことで言って、「めんどくせー女!」というものでした。
アリサの言う理屈が、当時の私にはさっぱり分かりませんでした。
アリサは、ひとりよがりの自己犠牲によって、かえって不幸をもたらしました。
「どういうわけかわからないけれど、あなたと一緒に、どことも知れない広大な
神秘の国を見に行くという奇妙な確信を抱いています・・・」(P131) はあ?
「あの満足感が真実であるはずがないわ! わたしたちは別の幸福のために生ま
れてきたのよ・・・。」(P176) はああ?
「神さま、あなたが教えてくれた道は狭いーーふたり一緒には歩けないほど狭い
のです。」(P233) はあああ?
自分たちには特別な使命があるみたいに、思い込んでるんじゃねえ!
ぐじゃぐじゃ言わずに、幸せになればいいじゃねーか! と、当時は思いました。
しかし、今回は「解説」まで読んで、これまでのもやもやが吹っ切れました。
古典新訳文庫の解説は、ジッドの半生と照らし合わせていて、分かりやすいです。
特に「アリサが自分の体に母の淫奔な血が流れることを感じ、それを過剰に恐れて
いる」(P274)という指摘は、とても興味深かったです。
ならば、汚れた自分と一緒では狭き門に入れない、と考えた気持ちも分かります。
しかし、ちゃんとジェロームに伝えるべきでした。最後に日記で知らせるなんて!
そして、ジェロームは言ってやればよかった。神の道よりアリサの方が大事だと。
「愛の前では、親の血なんてカンケーねえ。神さまだってカンケーねえ。」と。
さて、この物語は悲劇でしょうか? 結末は悲しいというより、アホみたいですよ。
ジッドは、批判的に描いたらしいです。少し皮肉を感じるのは、そのためでしょう。
さいごに。(本気で怒るなって)
「大会には『◇◇ガンバレ!』と書いた鉢巻をして応援に行くね」と言ったら、
本気で怒られました。この手の冗談は、なかなか通じないお年頃(14歳)です。
愛と信仰の相克の果てに、自己犠牲に至る女を描いた、悲劇的な物語です。
ジッドの前半生の体験を反映した作品で、題名は聖書の言葉によっています。
ジェロームはビュコラン家を訪れるうちに、2歳上のアリサに惹かれていきました。
ジェロームが14歳のある日、ビュコラン夫人は駆け落ちし、アリサは心を痛めます。
日曜日の礼拝堂では、牧師が「力を尽くして狭き門より入れ」と説教していました。
「生命にいたる門は狭く、その路は細く、之を見出す者すくなし」と。
それを聞いてジェロームは、アリサと一緒に狭き門を入る姿を想像するのでした。
やがて二人は愛し合い、年を重ねながら、愛はますます深まっていきますが・・・
アリサはなぜか婚約を拒んで・・・交流は手紙のやり取りだけとなり・・・
そして、ジェロームが兵役を終え、久しぶりにアリサに会ってみると・・・
この作品を最初に読んだのは大学時代で、本は新潮文庫版でした。
当時の感想はひとことで言って、「めんどくせー女!」というものでした。
アリサの言う理屈が、当時の私にはさっぱり分かりませんでした。
アリサは、ひとりよがりの自己犠牲によって、かえって不幸をもたらしました。
「どういうわけかわからないけれど、あなたと一緒に、どことも知れない広大な
神秘の国を見に行くという奇妙な確信を抱いています・・・」(P131) はあ?
「あの満足感が真実であるはずがないわ! わたしたちは別の幸福のために生ま
れてきたのよ・・・。」(P176) はああ?
「神さま、あなたが教えてくれた道は狭いーーふたり一緒には歩けないほど狭い
のです。」(P233) はあああ?
自分たちには特別な使命があるみたいに、思い込んでるんじゃねえ!
ぐじゃぐじゃ言わずに、幸せになればいいじゃねーか! と、当時は思いました。
しかし、今回は「解説」まで読んで、これまでのもやもやが吹っ切れました。
古典新訳文庫の解説は、ジッドの半生と照らし合わせていて、分かりやすいです。
特に「アリサが自分の体に母の淫奔な血が流れることを感じ、それを過剰に恐れて
いる」(P274)という指摘は、とても興味深かったです。
ならば、汚れた自分と一緒では狭き門に入れない、と考えた気持ちも分かります。
しかし、ちゃんとジェロームに伝えるべきでした。最後に日記で知らせるなんて!
そして、ジェロームは言ってやればよかった。神の道よりアリサの方が大事だと。
「愛の前では、親の血なんてカンケーねえ。神さまだってカンケーねえ。」と。
さて、この物語は悲劇でしょうか? 結末は悲しいというより、アホみたいですよ。
ジッドは、批判的に描いたらしいです。少し皮肉を感じるのは、そのためでしょう。
さいごに。(本気で怒るなって)
「大会には『◇◇ガンバレ!』と書いた鉢巻をして応援に行くね」と言ったら、
本気で怒られました。この手の冗談は、なかなか通じないお年頃(14歳)です。
キリスト教圏での、人間同士の愛も結局は神への愛(信仰)あってこそ、という精神的な背景を理解しないと「アホみたい」という読後になるかと…男女の愛と神への愛のすり替え、というのがキリスト教圏の文学の裏テーマという気もしますが、ミルトンの「失楽園」を読むとキリスト教の縛りが多少納得出来るかと思います。お節介ながら。
by みみ (2021-02-01 23:05)
コメント、ありがとうございます。
「男女の愛と神への愛のすり替え、というのがキリスト教圏の文学の裏テーマ」という指摘が、とても参考になりました。
そういう視点は、持っていませんでした。なるほど、と思いました。
by ike-pyon (2021-02-14 06:15)