ジャン・クリストフ10 [20世紀フランス文学]
「ジャン・クリストフ(四)」 ロマン・ロラン作 豊島与志雄訳 (岩波文庫)
天才作曲家クリストフの苦悩に満ちた生涯を、壮大なスケールで描いた大河小説です。
1904年から1912年にかけて発表され、ロランはこの作品でノーベル賞を取りました。
原作は全十巻で刊行。岩波文庫(四)には、第九巻と第十巻が収められています。
今回は、最終巻の第十巻「新しき日」を紹介します。
クリストフは、隠棲していた10年ほどの間に、すっかり年をとってしまいました。
同時にその間、クリストフの初期の作品群が認められ、大家として名を成しました。
あるときクリストフはスイスで、未亡人となったグラチアと、偶然再会しました。
ふたりはローマで落ち合い、お互いに愛情を抱きながら、交流を深めていきました。
それ以上の関係を求めるクリストフに対して、グラチアは友達でいようと言います。
「共同の日常生活では、もっとも純血なものもついには汚れてしまいますから」と。
クリストフはパリの音楽会に呼ばれましたが、グラチアから離れがたい思いでした。
しかしグラチアからフランス行きを勧められて、悲しい気持ちでパリに赴きました。
クリストフはパリで成功したものの、浮薄な民衆にうんざりし、自身は孤独でした。
それでも、グラチアに芸術活動を続けるよう諭されて、その決心を固めました。
クリストフは、本屋で何気なく手に取った詩集に、心を打たれ引きつけられました。
というのも、彼はその詩集の中から、オリヴィエの声を聞き取ったからなのです。
その詩人の家を探して訪れてみると、そこにいたのは、かつて知っていた・・・
詩人は言いました。「あの人だとおわかりになったのですね。」・・・
この、詩の中の言葉からオリヴィエの声を聞き取った場面は、本当に美しいです。
ある意味、これはオリヴィエとの再会です。彼は、ある意味死んではいないのです。
詩人は、オリヴィエが自分よりもクリストフの方を多く愛していた、と言いました。
そのあとのクリストフが彼に言った言葉が、すばらしいです。
「ほんとうに愛する者は、より多くとかより少なくとかいうことを知るものではな
い。自分の愛する人たちすべてに自分の全部を与えるものだ。」(P345)
さて、このあとクリストフを訪れた14歳の美しい少年は誰だったのか?
子供を伴ってパリを訪れたグラチア。クリストフと彼女との愛はいかに?
これで「ジャン・クリストフ」が終わりました。岩波文庫全4巻、計2000ページ。
活字が小さくて、ページにびっしりと埋まっているので、やや読みにくかったです。
豊島訳の初訳は1921年。古いので分かりにくくて、私は時速50ページほどでした。
古典新訳文庫あたりで、新訳を出してもらえないだろうか・・・
さいごに。(ご冗談でしょう)
チャットGPTで「ジャン・クリストフ」のあらすじを聞いてみました。
ところが、「知りません」と答えるのです。そんなバカな!
さらに聞くと、「ジャン・クリストフという名の船乗りがいて・・・」とのこと。
さすがチャットGPT。知らないことでもあたかも知っているように答える。
天才作曲家クリストフの苦悩に満ちた生涯を、壮大なスケールで描いた大河小説です。
1904年から1912年にかけて発表され、ロランはこの作品でノーベル賞を取りました。
原作は全十巻で刊行。岩波文庫(四)には、第九巻と第十巻が収められています。
今回は、最終巻の第十巻「新しき日」を紹介します。
クリストフは、隠棲していた10年ほどの間に、すっかり年をとってしまいました。
同時にその間、クリストフの初期の作品群が認められ、大家として名を成しました。
あるときクリストフはスイスで、未亡人となったグラチアと、偶然再会しました。
ふたりはローマで落ち合い、お互いに愛情を抱きながら、交流を深めていきました。
それ以上の関係を求めるクリストフに対して、グラチアは友達でいようと言います。
「共同の日常生活では、もっとも純血なものもついには汚れてしまいますから」と。
クリストフはパリの音楽会に呼ばれましたが、グラチアから離れがたい思いでした。
しかしグラチアからフランス行きを勧められて、悲しい気持ちでパリに赴きました。
クリストフはパリで成功したものの、浮薄な民衆にうんざりし、自身は孤独でした。
それでも、グラチアに芸術活動を続けるよう諭されて、その決心を固めました。
クリストフは、本屋で何気なく手に取った詩集に、心を打たれ引きつけられました。
というのも、彼はその詩集の中から、オリヴィエの声を聞き取ったからなのです。
その詩人の家を探して訪れてみると、そこにいたのは、かつて知っていた・・・
詩人は言いました。「あの人だとおわかりになったのですね。」・・・
この、詩の中の言葉からオリヴィエの声を聞き取った場面は、本当に美しいです。
ある意味、これはオリヴィエとの再会です。彼は、ある意味死んではいないのです。
詩人は、オリヴィエが自分よりもクリストフの方を多く愛していた、と言いました。
そのあとのクリストフが彼に言った言葉が、すばらしいです。
「ほんとうに愛する者は、より多くとかより少なくとかいうことを知るものではな
い。自分の愛する人たちすべてに自分の全部を与えるものだ。」(P345)
さて、このあとクリストフを訪れた14歳の美しい少年は誰だったのか?
子供を伴ってパリを訪れたグラチア。クリストフと彼女との愛はいかに?
これで「ジャン・クリストフ」が終わりました。岩波文庫全4巻、計2000ページ。
活字が小さくて、ページにびっしりと埋まっているので、やや読みにくかったです。
豊島訳の初訳は1921年。古いので分かりにくくて、私は時速50ページほどでした。
古典新訳文庫あたりで、新訳を出してもらえないだろうか・・・
さいごに。(ご冗談でしょう)
チャットGPTで「ジャン・クリストフ」のあらすじを聞いてみました。
ところが、「知りません」と答えるのです。そんなバカな!
さらに聞くと、「ジャン・クリストフという名の船乗りがいて・・・」とのこと。
さすがチャットGPT。知らないことでもあたかも知っているように答える。
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