SSブログ

住まい方の思想 [読書・ライフスタイル]

 「住まい方の思想」 渡辺武信 (中公新書)


 「私性」を守るための住まいについて、大事な点をさまざまな視点で論じています。
 1983年の刊行です。渡辺は建築家であると同時に、詩人・映画評論家でもあります。


住まい方の思想―私の場をいかにつくるか (中公新書 (702))

住まい方の思想―私の場をいかにつくるか (中公新書 (702))

  • 作者: 渡辺 武信
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2023/08/24
  • メディア: 新書



 現代人はみな、社会性とは矛盾するいわば「私性」というものを抱えて生きています。
 「私性」の実現は、住み手が「ここは私の場所だ」と心底感じる空間を作ることです。

 玄関とは本来「玄妙に入る関門」のことであり、心理的なけじめをつける場所です。
 エアロック同様、内部の私を漏らさず、外部の公共を持ち込まないための空間です。

 居間は、家族がそれぞれ居るだけの部屋であり、それゆえ皆が集まる大事な空間です。
 そこには、無為を無為として充実させるという、信仰にも似た哲学が必要となります。  

 あらゆる行為から解放されて居間に座るとき、我々は遊戯的時間の中にいるのです。
 この遊戯は一時のものでなく、時間の中で積分され蓄積されていくべきものなのです。

 居間と同じく、家族の成立に重要な役割を果たすのが、会食の空間である食堂です。
 ただし、居間が抽象的・精神的であるのに対し、食堂は具体的・生活的だと言えます。

 そして、家族そろっての会食は、ひとつの祝祭または儀式としてとらえ直すべきです。
 会食は、生きている実感や共生感を感じさせ、祈りたいような気分にさせて・・・

 玄関、居間、食堂、厨房、寝室、書斎、子ども部屋、和室、照明、冷暖房、収納など、
 住まいにおける要素について、その意味を述べて、どう作るべきかを提案しています。

 さすが、プロの建築家です。住まいのさまざまな空間に、深い意味を見出しています。
 しかもその文章は、含蓄がありながらとても分かりやすいので、説得力があるのです。

 寝室について、「夜の居間」であり「就眠儀式のための聖堂」であると言ったり・・・
 和室について、椅子式空間にはない、文化的な根を感じる場所と言ったり・・・

 しかしながら、私が最も面白いと思ったのは、書斎について考察している箇所です。
 次の文章の、「逃げ場所」としての書斎、という考え方に私はとても共感しました。

 「つまり現在における書斎への憧れは、男が戦前、住宅全体に持っていた支配権を放
 棄したことを前提としている。男は、この支配権がもはや取りもどしようがないこと
 を悟った上で、自分だけのささやかな逃げ場所を求めているのだ。言いかえれば、こ
 れは戦後の日本住宅が『女子ども化』したことへの一つの揺り返しである。」(P98)

 まったく、わが家と同じです。私も17年前に家を建てたとき、書斎を造りました。
 壁一面を書棚にしたかったのですが、費用が無かったので、書棚を手作りしました。

 当時「熟年離婚」という言葉が出始めた頃でしたが、妻とある取り決めをしました。
 それは、私が書斎を持つ代わりに、定年後はできるだけ書斎で過ごすというものです。

 そう、住宅は、ほぼ完全に妻の支配下にあります。
 だから私たち亭主は、昼間からリビングでぐだぐだすることは許されません。

 妻の支配権が及ばない唯一の場所が、書斎です。亭主は書斎に逃げ込むべし。
 逆に、亭主の書斎がないと、夫婦でしょっちゅう顔を合わせて喧嘩ばかり・・・

 林望の本同様、家を建てることは生き方の問題だ、ということが伝わってきました。 
 たとえば、冷房の章にあった次のような文章に、私は膝を打ちました。

 「必要悪なのは冷房ではなく、仕事、つまり労働そのものではないかと思えてくる。
 つまり、自然にさからっているのは、冷房ではなく、夏にもせっせと働こうとする
 人間たちなのだ。」(P172)

 ところで、渡辺武信は、中公新書から類書をあと二つ出しています。
 「住まい方の演出」と「住まい方の実践」です。すべて良書です。


住まい方の演出―私の場を支える仕掛けと小道具 (中公新書)

住まい方の演出―私の場を支える仕掛けと小道具 (中公新書)

  • 作者: 渡辺 武信
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2023/08/25
  • メディア: 新書



住まい方の実践―ある建築家の仕事と暮らし (中公新書)

住まい方の実践―ある建築家の仕事と暮らし (中公新書)

  • 作者: 渡辺 武信
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2023/08/25
  • メディア: 新書



 さいごに。(青春18きっぷ万歳!)

 娘と同じ高校の子で、夏休みにイタリア一周旅行に行ってきた子がいるそうです。
 うちの得意技は青春18きっぷなので、娘はこんなふうにぼやいていました。

 飛行機でイタリア中を飛び回っている人もいるけど、
 うちみたいに、東京へ行くのでさえ、ケチって青春18きっぷを使う人もいる、と。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。