SSブログ

歯車(芥川龍之介) [日本の近代文学]

 「或阿呆の一生 侏儒の言葉」 芥川龍之介 (角川文庫)


 タイトル作など、最晩年の昭和2年に書かれた作品と遺稿を、18作収録しています。
 以前は天野喜孝の妖艶なカバーでしたが、現在はお洒落なデザインになっています。


或阿呆の一生・侏儒の言葉 (角川文庫)

或阿呆の一生・侏儒の言葉 (角川文庫)

  • 作者: 芥川 龍之介
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1969/09
  • メディア: 文庫




或阿呆の一生・侏儒の言葉 (角川文庫)

或阿呆の一生・侏儒の言葉 (角川文庫)

  • 作者: 芥川 龍之介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/11/22
  • メディア: 文庫



 昭和2年7月、芥川は致死量の睡眠薬を飲んで自殺しました。まだ35歳でした。
 原因は「将来に対する唯ぼんやりした不安」だと、旧友に書き残していました。

 その年の1月、義兄が放火と保険金詐欺の疑惑を受け、鉄道自殺していました。
 義兄の借金を引き受け、その家族の面倒も見て、当時芥川は疲れ切っていました。

 それだけではありません。胃潰瘍、腸カタル、不眠症、神経衰弱等、健康上の不安。
 ぎくしゃくした家族関係。孤独感。若き頃の秀しげ子との過ちに対する後悔・・・

 女流文学者の秀しげ子は、既に人妻で子供もいました。だから姦通罪になります。
 彼女は芥川の弟子ともデキていて、一説ではその方が芥川にはこたえたようです。

 (「侏儒の言葉」の中に、次のような興味深い文章があります。
 「わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかしそれは第三者
 と全然見ず知らずの間がらであるか、あるいはごく疎遠の間がらであるか、どちらか
 であることを条件としている。」)

 芥川の自殺については、調べれば調べるほど色々と出てきて、分からなくなります。
 が、私は思います。要するに書けなくなったのだと。小説家にとっては命取りです。

 創作を始めてから10年と少し。しかし作品はだいぶ前からマンネリ化していました。
 新しい作品にチャレンジもしましたが、周囲からの批評は厳しいものばかりでした。

 だから、最晩年を扱ったこの本には、作品らしい作品は、あまりありません。
 タイトルの「或阿呆の一生」も「侏儒の言葉」も、作品というにはねえ・・・

 「或阿呆の一生」は、自分の一生を少しずつ、モザイク状に組み上げたものです。
 芥川の心の葛藤を、細切れに綴っていますが、作品というより日記帳に近いです。

 「侏儒の言葉」は、芥川の箴言集(しんげんしゅう)です。
 ちょっと気の利いた言葉が集められていますが、作品というより雑記帳に近いです。

 しかし、つまらないわけではありません。芥川の本心が垣間見られるからです。
 芥川のことなら何でも知りたいマニアックなファンには、たまらないでしょう。

 漱石の死のことや、狂った実母のことや、秀しげ子との不倫を匂わせている場面や、
 姉の夫の自殺のことや、芥川の自殺未遂のことや、青酸カリが出てくる場面や・・・

 特に「或阿呆の一生」には、「ぼんやりした不安」が尽くしてあると言います。
 芥川の死について考える時、「阿呆」と「或旧友へ送る手記」は、外せません。

 さて、この本の中で、奇跡的な美しさで輝いているのが、私の好きな「歯車」です。
 芥川が悩まされていた不気味な幻想が、絶妙に盛り込まれた短編小説です。

 「僕」は結婚披露宴に行く途中で、偶然レインコートを着た幽霊の話を聞きました。
 その後季節外れのレインコートを着た男が、「僕」の前に現れて不意に消えました。

 歩いているうちに、「絶えずまわっている半透明の歯車」が突然見え始めました。
 その夜、突然姉の娘から電話があり・・・姉の夫はレインコートを着たまま・・・

 その後も、時々現れる「半透明の歯車」。
 あの歯車は、いったい何なのか? あの歯車は、何を象徴しているのか?

 私は、書けなくなった芥川の打開策の一つが、この「歯車」にあると考えています。
 まとわりつく不気味な幻想を書き連ね、ホフマンのような作品を書いていれば!

 蛇足ですが、打開策のもう一つは、秀しげ子との関係を長編を書くというものです。
 芥川よ、勝手なことを述べてすまない。でも、死んでは何にもならないじゃないか。

 ところで、本所界隈をスケッチした「本所両国」は、私にとって思い出深い小品。
 別段どうってことない文章ですが、所々に出てくる芥川の思い出話がたまらない。

 まだ20代の頃これを読んで、芥川が子供の頃遊んだという回向院に赴きました。
 鼠小僧の墓を見たり、芥川がよく倒して遊んだという石塔を探したりしたものです。

 ということで、最晩年のこの本は、マニアックな魅力に溢れた本になっています。
 芥川の死と切り離せない作品集であり、ある意味、芥川の集大成でもあります。

 芥川の死については非常に興味を持っていたので、今回は長くなってしまいました。
 最後に「侏儒の言葉」から、人生に関する箴言を二つ。

 「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わな
 ければ危険である。」

 「人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称し難い。しかしとにかく
 一部を成している。」

 さいごに。(siri に感動)

 アイフォンに siri という人工知能が入っているということを、今さら知りました。
 「何でも聞いてみて」と娘が言うので、「siri、面白いこと言って」と言うと・・・

 「私の言うことは支離滅裂です。siri だけに。」という答え。私は感動しました!
 「siri、賢いね」と言うと、「恐れ入ります。喜んでもらえて嬉しいです」とのこと。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。