SSブログ
前の10件 | -

銀河英雄伝説2 野望篇 [日本の現代文学]

 「銀河英雄伝説2 野望篇」 田中芳樹 (創元SF文庫)


 遥か未来における、銀河帝国と自由惑星同盟との宇宙戦争を描いたSF叙事詩です。
 1982年から1989年にかけて刊行。アニメ化されています。今回は第2巻の紹介です。


銀河英雄伝説〈2〉野望篇 (創元SF文庫) (創元SF文庫 た 1-2)

銀河英雄伝説〈2〉野望篇 (創元SF文庫) (創元SF文庫 た 1-2)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/04/25
  • メディア: 文庫



 宇宙歴797年は、銀河帝国と自由惑星同盟が戦火を交えなかった特異な年でした。
 というのも、両国とも内戦が勃発し、その収拾にエネルギーを費やしたからです。

 銀河帝国では皇帝が急死し、5歳の幼帝エルウィン・ヨーゼフが即位しました。
 新帝を擁立した老宰相リヒテンラーデ公は、ローエングラム公と手を組みました。

 これに対抗したのが、ブラウンシュヴァイク公を中心とした、大貴族たちです。
 彼らは盟約を交わし、メルカッツ上級大将を味方につけ、戦いの準備をしました。

 このときラインハルト・フォン・ローエングラムは、若干20歳でした。
 彼らの動きを知ると、ただちに軍務省を占拠し、帝国軍最高司令官となりました。

 こうして、帝国を二分する「リップシュタット戦役」は始まりました。
 ラインハルトは相手を賊軍と呼び、その拠点を次々と落としていきますが・・・

 一方、自由惑星同盟の首都ハイネセンでは、軍部によるクーデターが勃発しました。
 首都を実効支配したのは救国軍事会議であり、その議長はグリーンヒル大将でした。

 ところが、彼らは自分で気づかぬうちに、ラインハルトに操られていたのです。
 ヤン・ウェンリーは、気が進まないまま、彼ら革命軍と戦うことになって・・・

 「ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための計算はし
 てあるから、無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の
 存亡だ。個人の自由と権利にくらべれば、たいした価値のあるものじゃない」(P176)

 この言葉の中に、ヤン・ウェンリーという軍人の思想と魅力が、凝縮されています。
 ヤンは、敵の第11艦隊を倒すと、アルテミスの首飾りに守られたハイネセンへ・・・

 「アルテミスの首飾り」とは、ハイネセンの周囲にある12個の軍事衛星のことです。
 ヤンは、この12の衛星を一度に、しかもひとりの犠牲者も出さず、攻略するのです。

 この場面こそが、第2巻での最大の読みどころでしょう。
 いったいヤンはいかなる手を使ったのか? 私はうなりました。さすが魔術師です。

 ところで、随所で読み取れるヤンの諦観が、この物語を情緒あるものにしています。
 ヤンは言います。この世に絶対善と絶対悪の戦いなんて、一度もなかったのだと。

 「一方的な侵略戦争の場合ですら、侵略する側は自分こそ正義だと信じているものだ。
 戦争が絶えないのはそれゆえである。人間が神と正義を信じているかぎり、あらそい
 はなくなるはずがない。」(P251)

 現在行われている戦争も同じです。ロシアもウクライナも。イスラエルもガザ地区も。
 どちらも自分の国の正義があり、自分たちの神があります。正義と神はやっかいです。

 「遠い遠い昔、十字軍というものが地球上に存在した。聖地を奪回すると称し、神の名
 のもとに他国を侵略し、都市を破壊し、財宝をうばい、住民を虐殺して、その非道を恥
 じるどころか、異教徒を迫害した功績を誇示すらしたのだ。
  無知と狂信と自己陶酔と非寛容によって生みだされた、歴史上の汚点。神と正義を信
 じてうたがわない者こそが、もっとも残忍に、狂暴になりえるという事実の、それはに
 がい証明だったはずである。」(P35)

 長い引用ですが、作者はこういうところを一番訴えたかったのではないかと思います。
 今も昔も、神とか正義とか言う連中に限って、もっとも残忍で狂暴になりえるのだと。

 さて、この巻でラインハルトは地位を確立し、野望に向かって大きく前進しました。
 しかし、彼の野望が実現するのと引き換えのように、大きな悲劇がもたらされて・・・

 この悲劇は想定外に早くやってきました。この事件で物語をひと区切りとしたいです。
 続きが気になりますが、アニメが出ているので、レンタルして見ようと思っています。

 さいごに。(花博にもう一度)

 連休中に花博に行きました。4月に行った時とは、別の会場です。
 今回は、バラがとてもきれいでした。私は特に、真紅のバラが好きです。

IMG_0852-2.jpg
IMG_0870.jpg

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:

みんな山が大好きだった [日本の現代文学]

 「みんな山が大好きだった」 山際淳司 (中公文庫)


 死の領域に踏み込んで散っていった、尖鋭的アルピニストたちの姿を描いています。
 1984年の「山男たちの死に方」を改題し、1995年に出ました。山の本の名著です。


みんな山が大好きだった

みんな山が大好きだった

  • 作者: 山際 淳司
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2003/05/23
  • メディア: 文庫



 日本が誇る加藤保男は、エベレストに世界で初めて、春・秋・冬と三度登りました。
 しかしその最期、1982年に冬季の登頂を果たしたあと、下山中に消息を絶ちました。

 命がけのアタックが失敗すると、人は「功名心にはやったのだ」と言いたがります。
 しかし山際は言います。危険の向こう側に「一瞬の生のきらめきがあるのでは」と。

 「その一瞬の、生のきらめき。それを心の深いところで受けとめてしまった人間は、
 いつまでもそれを追い求める。危険を顧みず、果敢にアタックする。」(P49)

 街には、日常的な生があふれています。一方、山では死と隣り合わせになります。
 山では、生はむしろ非日常的なものであって、きらきらときらめいているのです。

 さて、第1章「一瞬の生のきらめき」では、加藤保男の生涯を描いています。
 しかし、私の中で最も印象に残ったのは、引き合いに出されたメスナーの言葉です。

 「私は、頂上まであと六〇〇メートルの地点で引き返すことを決断した。目標は手を
 伸ばせば届きそうなところにあった。だが、われわれはそれに背を向けた。それが敗
 北だということは理解していた。同時に、生きて再び帰れることもわかっていたのだ」
 (P39)

 これはメスナーが、加藤と同じ1982年の冬、チョーオユーを諦めたときの言葉です。
 イタリアの誇る超人メスナーは、加藤保男に言及して、次のようにも言っています。

 「私は危険を熟知している。加藤君もそうだったはずだ。だが、私は断念し、加藤君
 は危険を全面的に受け入れた。彼は死んだ。だが、私はまだ生きている」(P40)

 危険を受け入れ、果敢にアタックする者と、危険を回避し、アタックを断念する者。
 どちらがより勇敢なのか分かりませんが、私は加藤に生きて帰ってほしかったです。
 (多くの登山家が山で死んだ中で、メスナーだけは今もちゃんと生きています!)

 その9年前の1973年、加藤はエベレスト初登頂を果たしたあと、ビバーグしました。
 そして、手足の指を失いながら生還しますが、彼を救出したのが長谷川恒男でした。

 その数日前に加藤は、サポート隊の長谷川に言われました。「気をつけろよ」と。
 長谷川は、加藤の右手の生命線上に、遠征でできた傷があるのを見つけたのです。

 長谷川は、登頂の成功よりも、生きて帰ることの大切さを、伝えたのではないか? 
 「生き抜くことが冒険だよ」。これは、長谷川が父から教えられた言葉です。

 その後、長谷川は世界で最初に、アルプス三大北壁を冬季に単独で登攀しました。
 そして、本書が書かれた1984年当時、彼はまだ現役で活動し続けていたのです。

 長谷川が、ウルタルⅡ峰で雪崩に巻き込まれ亡くなったのは、1991年のことです。
 43歳でした。生き抜くことは難しいことです。まさに、生き抜くことは冒険です。

 この本では随所で、多くの登山家のさまざまな名言に触れることができます。
 中でも私がもっとも感銘を受けたのが、長谷川恒男の次のような言葉です。

 「私のやっている行為は全宇宙から見たらまったくゴミでしかない。しかし、私にと
 ってみると、大きな大きな命の証しなのだ。人間の一生は短い。その中で、たったひ
 とつの生命が、自分自身の心の中で永久に生きていられる表現方法が、私の場合は登
 山だと思う。」(P188)

 登山家が命がけで山に登るのは、「永遠」を求めているからなのかもしれません。
 しかし、だからといって、死なないでほしいです。生還することが一番かっこいい!

 さいごに。(常連さんの仲間入り)

 連休中も、その半分ほどは、職場で仕事三昧でした。
 私もとうとうこの4月から、休日出勤の常連さんになってしまいました。

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

冒険物語百年 [日本の現代文学]

 「冒険物語百年」 武田文男 (朝日文庫)


 マロリー、ヒラリー、アムンゼンから植村直己まで、49名の冒険を描いた物語です。
 1999年刊行。1996年に朝日小学生新聞の連載がもととなっています。現在絶版です。


冒険物語百年 (朝日文庫 た 17-3)

冒険物語百年 (朝日文庫 た 17-3)

  • 作者: 武田 文男
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 文庫



 イギリス屈指の登山家ジョージ・リー・マロリーは、誰もが知る名言で有名です。
 「なぜエベレストに登るのか」と聞かれ、「そこに山があるからだ」と答えました。

 1924年6月、山頂まであと250mの地点を、アービンと登る姿が確認されました。
 それを最後に彼らは深い霧の中に消え、9年後にピッケルだけが見つかったのです。

 果たして彼らは、登頂を果たしたのか? 真相は今でも謎のまま残っています。
 マロリーのコダック製カメラが見つかれば、その謎も解けるはずなのですが・・・

 1999年5月、マロリーの遺体が発見されましたが、カメラはありませんでした。
 カメラはアービンが持っていたのか? アービンはどこに眠っているのか・・・

 というような知識を私はこの本で得ました。登山に夢中になり始めた頃のことです。
 のちに、夢枕獏の「神々の山嶺」を読んだとき、この本で得た知識が役立ちました。

 エベレストに初登頂を果たしたのは、ヒラリーとテンジンで、1953年のことでした。
 その知らせがイギリスに届いたのは、エリザベス女王の戴冠式の前夜のことでした。

 ニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーは、英国隊に特別参加していました。
 そして、シェルパ族のテンジンとともに、人類初のエベレスト登頂を果たしました。

 この頃、それまで使われていた酸素マスクが改良され、高性能になっていました。
 多くの先人の努力の積み重ねとその犠牲のもと、ようやく偉業は達成されたのです。

 酸素マスクはエベレスト登山の必需品ですが、その神話を覆したのがメスナーです。
 1978年、ラインホルト・メスナーとハーベラーは、初めて無酸素で登頂しました。

 それは過酷な試みで、10mごとに仰向けになって休みながら、山頂に到達しました。
 帰りはさらにきつくて、全コースを這うようにして下って来たと言います。

 その後も人類は挑戦を続けます。三浦雄一郎はエベレストをスキーで滑降しました。
 加藤保男は、冬季の単独登頂を果たした後、ビバーク中に33歳で亡くなりました。

 なぜそこまでして、人類は山に登るのでしょうか?
 私は「そこに危険があるからだ」と思います。命がけだからこそ挑むのではないか。

 冒険家の挑戦を読んでいくと、危険を好んでいるかのような錯覚にとらわれます。
 わざわざ登りにくい冬季に、山に登る意味が、本当にあるのでしょうか?

 そんな風に思ってしまうのは、植村直己に生きて帰ってほしかったからです。
 彼は常に「生きて帰らなければダメだ」と言っていたというのに。

 日本が誇る植村直己は、厳冬期のマッキンリーに、単独で初登頂を果たしました。
 しかし、直後に消息を絶ちました。その日は彼の43歳の誕生日でした・・・

 さいごに。(川口浩がヒーローだった)

 小学生のころ、水曜スペシャル「川口浩探検隊」が、もっとも心躍る番組でした。
 あのころ川口浩は我らのヒーローで、私の将来の目標は、探検家になることでした。



nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

銀河英雄伝説1 黎明篇 [日本の現代文学]

 「銀河英雄伝説1 黎明篇」 田中芳樹 (創元SF文庫)


 はるかな未来における、銀河帝国と自由惑星同盟軍との宇宙戦争を描いています。
 1982年から1989年にかけて刊行された宇宙叙事詩で、文庫本で10巻にわたります。


銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/02/21
  • メディア: 文庫



 はるかな未来、人類は地球を離れ、銀河のさまざまな地域に散らばっていきました。
 皇帝が支配する銀河帝国と、共和主義者が住む自由惑星同盟が、対立していました。

 宇宙歴796年、帝国軍は2万隻の宇宙艦隊を率いて、同盟軍との戦闘に赴きました。
 全軍を統率するのは、二十歳の大将ラインハルト・フォン・ローエングラムです。

 ラインハルトは帝国の軍人でありながら、帝国を倒すという野望を持っていました。
 というのも、彼が10歳のとき、姉のアンネローゼが皇帝の後宮に取られたからです。

 皇帝による姉への寵愛が増すごとに、ラインハルトは昇進し、出世していきました。
 しかし彼は、姉を奪い取った皇帝と銀河帝国を、密かに憎んでいたのです。

 帝国軍艦隊2万隻に対し、同盟軍は倍の4万隻を組織して、迎撃に向かいました。
 数で圧倒する同盟軍は、帝国軍艦隊を三方から包囲し、必勝の態勢を整えました。

 ところが、同盟軍に有利と見えるこの状況は、ラインハルトの思う壺だったのです。
 「吾々は包囲の危機にあるのではない。敵を各個撃破するの好機にあるのだ。」

 前例のない作戦を取る帝国軍によって、意表を突かれた同盟軍は劣勢に立ちました。
 態勢を立て直すことができず、殲滅されるか降伏するかしかない状況に陥りました。

 しかし、同盟軍の中でもひとりだけ、冷静に状況判断し、対応できる者がいました。
 その男こそ、のちに「不敗の魔術師」と謳われる、ヤン・ウェンリー准将です。

 ヤンは、平和を愛し歴史を学ぶ青年で、本来軍人になるつもりはありませんでした。
 国防軍士官学校で歴史研究に打ち込むうちに、図らずも能力を開花させたのです。

 さて、総司令官が負傷し、艦隊の指揮を引き継いだヤンは、ある奇策に出て・・・
 この会戦で、同盟軍の損害は帝国軍の10倍以上でしたが、敵の侵入は防いだのです。

 宇宙の統率者を狙うラインハルト。平和主義者で軍人を引退したがっているヤン。
 まるで違うふたりが初めて戦闘を交えたのが、この「アスターテの会戦」です。

 これ以後、ふたりは因縁の対決を繰り返しますが、そこが本書の読みどころです。
 ふたりともとても個性的で、そしてとても魅力的に描かれています。

 特に私は、ヤンに対して共感を覚えました。
 とっとと隠居したいのに、その才能の声望ゆえに周りから利用されてしまう男・・・

 イゼルローン要塞を、ほとんど流血なしで攻略してしまう手際の良さはすばらしい。
 しかしそれ以上に、敵に対しても無駄な殺戮を行わない、その精神がすばらしい。

 「こいつは戦闘と呼べるものではありませんな、閣下。一方的な虐殺です」
 「・・・そう、そのとおりだな。帝国軍の悪いまねを吾々がすることはない。大佐、
 彼らに降伏を勧告してみてくれ。それがいやなら逃げるように、追撃はしない、と」
 (P200)

 「逃げるように」とは、ある意味、相手を馬鹿にしているかもしれません。
 しかし、敵の旗艦だけ撃ち、あとは逃げるに任せた点に、彼の人間性が表れています。

 ところで、銀河英雄伝説のアニメは、私の大学時代にとても流行した記憶があります。
 当時はさほど興味がなかったものの、今回、読書仲間に勧められて読んでみました。

 驚いたことは、文章がうまいということです。しかも、名言が随所で飛び出します。
 そして、戦闘場面はもちろん、政治的な描写もまた、読みどころがとても多いです。

 たとえば、ヤンがイゼルローンを攻略したのは、有利に和睦を結ぶ願いからでした。
 ところが、いざイゼルローンを取ってみると、政界では主戦論が幅を利かせました。

 「莫大な流血、国家の破産、国民の窮乏。正義を実現させるのにそれらの犠牲が不可
 欠であるとするなら、正義とは貪欲な神に似ている。つぎつぎといけにえを要求して
 飽くことを知らない。」(P234)

 「銀河英雄伝説」(創元SF文庫)は全10巻のシリーズです。どこまで読むべきか?
 購入済みの第2巻「野望篇」までは読んで、その後は定年後の楽しみとしましょう。

 さいごに。(飯山あかり、善戦!)

 衆院東京15区補選は、連休中とはいえ、40%という信じがたい低投票率でした。
 よって、組織票を持つ候補者に有利となり、立憲共産党の酒井氏が当選しました。

 日本保守党の飯山あかり氏は、4位ながら24000票を取って乙武氏を上回りました。
 初陣なので、善戦したと言っていいでしょう。今後の日本保守党の躍進を信じたい。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

ミドルマーチ4 [19世紀イギリス文学]

 「ミドルマーチ4」 ジョージ・エリオット作 廣野由美子訳 (古典新訳文庫)


 架空の町ミドルマーチに住む数人の男女を軸に、様々な人間模様を描いた作品です。
 1871年刊行です。古典新訳文庫で全4巻です。今回はその第4巻を紹介します。


ミドルマーチ4 (光文社古典新訳文庫 Aエ 1-5)

ミドルマーチ4 (光文社古典新訳文庫 Aエ 1-5)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/03/10
  • メディア: 文庫



 リドゲイトは、ロザモンドとの新生活のため作った借金を、返済できずにいました。
 屋敷を他人に譲って狭い家に移ろうという計画は、妻ロザモンドに妨げられました。

 夫婦仲はすっかり冷めました。ロザモンドは不愉快のすべてを夫のせいにしました。
 リドゲイトはバルストロードに援助を頼みましたが、あっけなく拒絶されました。

 実はそのころバルストロードは、昔の知り合いのラッフルズにゆすられていました。
 彼には、銀行家として名を成す前、誰にも言えない後ろめたい過去があったのです。

 しかしバルストロードは、リドゲイトを拒絶した翌日、彼に援助を申し出ました。
 喜ぶリドゲイト。しかし、これは喜ぶべきことなのか? 裏に何かあるのでは?

 ラッフルズが病死し、バルストロードはもう秘密が漏れないと思いましたが・・・
 ラッフルズを診察して銀行家の援助を受けたリドゲイトには、あらぬ疑いが・・・

 「ミドルマーチ」の面白いところは、結婚の「その後」を描いているところです。
 ドロシアにしてもリドゲイトにしても、新生活の幻滅が生々しく描かれています。

 そこが、結婚で完了したオースティンの物語とは、根本的に違うところです。
 どろどろした感情に目を向けた点に、「ミドルマーチ」の価値があると思います。

 そのような中で、対照的に際立つのが、バルストロードの妻であるハリエットです。
 ここまでほとんど目立たなかった彼女が、ここでもっとも感動的な場面を作ります。

 「彼女は悲しみに沈みつつも、夫を責めようとはせず、恥辱と孤独をともに分かち合
 おうとしていた。(中略)彼女の手と目は、優しく彼のうえに留まっていた。彼はわ
 っと泣き出し、彼女は夫の傍らに坐って、二人はともに泣いた。」(P240~P245)

 バルストロードにとって不幸中の幸いは、妻が思いやり深い女だったということです。
 一方リドゲイトにとっての不幸は、妻が思いやりに欠けた女だったということです。

 この巻でもっとも印象に残るのは、リドゲイト夫婦の溝がどんどん深まる場面です。
 特に、甘やかされて育ったロザモンドは、自分のことしか考えられず身勝手で・・・

 しかし、リドゲイトにとっての救いは、ドロシアが良き理解者であったことです。
 それにしても、リドゲイトがドロシアにことの顛末を語る場面は実に痛々しいです。

 「ぼくはバルストロードさんから金を受け取ったので、あの人の人格がぼくをも包み
 込んでしまったわけです。ぼくはだめになってしまって、どうしようもありません。
 枯れたトウモロコシの穂みたいなものです。いったんやってしまったことは、取り返
 しがつきません」(P271)

 リドゲイトに同情したドロシアは、彼の潔白を伝えるためロザモンドを訪問します。
 ところが、ドロシアの家で見たものは・・・最後の最後まで目が離せない展開です。

 この作品は第4巻に入ってもダレることなく、かえっていっそう面白くなりました。
 しかも、終盤に入ってドロシアは、我々読者にとって想定外の決心をして・・・

 ところで、後半に重要な役割を果たすラディスローは、あまり存在感がありません。
 だから、なぜそれほどドロシアの心を惹きつけるのか、私には分かりませんでした。

 ただし、彼は次のような名言を残しています。
 背筋がぞっとするようなセリフですが、彼の気持ちが素直に吐露されています。

 「あの人に比べられる女性なんてひとりもいない。ほかの女の生きた手に触れるよ
 りも、死んだ手でもいいから、あの人に触れるほうが、ぼくにはいい」(P303)

 最終章は「フィナーレ」となっていて、登場人物の「その後」が描かれています。
 私としては、リドゲイトとロザモンドの「その後」が、少しだけ残念でした。

 さて、ようやく最後まで読みました。本当にすばらしい作品でした。
 「今年読んだ小説ベスト5」に、必ず入る作品だと今から宣言しておきます。

 さいごに。(股関節の痛み)

 先日、400mハードルを完走してから、右の股関節に時々激痛が走ります。
 指で押さえると痛みはやわらぎますが、忘れた頃にまた痛くなるので少し不安です。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

オススメできないと思った3冊の本 [その他・雑感]

 このブログでは基本的に、私のオススメの本ばかりを紹介しています。
 しかし中には、あまりオススメできないけど、紹介したい本がいくつかあります。

 その1 「ルビンの壺が割れた」 宿野かほる (新潮文庫)

 30年前に結婚式をドタキャンされた男と、もと婚約者の女のメールのやり取りです。
 2017年に刊行され、「何とも分類しようのない小説」として話題となりました。
 

ルビンの壺が割れた(新潮文庫)

ルビンの壺が割れた(新潮文庫)

  • 作者: 宿野かほる
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/06/05
  • メディア: Kindle版



 一馬はフェイスブックで、かつての婚約者未帆子のアカウントを見つけました。
 別れてから30年近くたっていましたが、思い切ってメッセージを送ってみました。

 結婚式当日、あなたが現れなかったのは、いったいどうしてか?
 未帆子とメールでやり取りする中で、ことのいきさつがしだいに明かされるが・・・

 「衝撃の問題作」として売り出されたので、本屋で目について買ってしまいました。
 式当日の花嫁の失踪には、何かロマンチックな理由があるのでは、と思いきや・・・

 登場人物が抱えるおぞましい部分が、次から次に白日のもとにさらされていきます。
 叔父、いいなずけ、未帆子、そしてなんと自分自身。実に後味の悪い作品でした。

 結末は想定外。あっと驚く仕掛けがあります。しかし、コレ読んですっきりするか?
 ただただびっくりしたいだけの人には、面白いかもしれませんが。

 一般的にあまりオススメできません。というのも、私は吐きそうになったので。
 娘がこの本に興味を持ちましたが、「読まない方がよい」とはっきり伝えました。


 その2 「誰にもわかるハイデガー」 筒井康隆 (河出文庫)

 ハイデガーの「存在と時間」を、分かりやすく解き明かした入門書です。2018年刊。
 「文学部唯野教授・最終講義」とありますが、唯野教授の続編ではありません。


誰にもわかるハイデガー : 文学部唯野教授・最終講義 (河出文庫 つ 1-6)

誰にもわかるハイデガー : 文学部唯野教授・最終講義 (河出文庫 つ 1-6)

  • 作者: 筒井康隆
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2022/03/05
  • メディア: 文庫



 現存在、平均的日常、道具的存在者、事物的存在者、配慮的気遣い、実存、本来性、
 共存在、世人、語り、頽落、未了、先駆、不安、世界内存在、時間内存在・・・

 たとえば「現存在」を、「人間のこと」で「死ぬ存在」だと、簡潔に言い切ります。
 「平均的日常」については、「人間がさしあたって生きている生き方」と言います。

 このように、「存在と時間」の重要語句を分かりやすく定義しているところが良い。
 ただし、筒井自身が述べているように、これで分かったつもりになってはいけない。

 確かに本書は、「誰にもわかるハイデガー」です。
 しかしそれは、誰にでもわかる部分しか説明していないからこそ成り立っています。

 そういう意味で、少し中途半端な著書になってしまったように思いました。
 私はむしろ、木田元の「ハイデガーの思想」(岩波新書)をオススメします。


ハイデガーの思想 (岩波新書 新赤版 268)

ハイデガーの思想 (岩波新書 新赤版 268)

  • 作者: 木田 元
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1993/02/22
  • メディア: 新書




 その3 「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ作 土屋政雄訳(ハヤカワepi文庫) 

 中世のブリテン島を舞台に、老夫婦が遠くにいる息子に会うため旅をする物語です。
 2015年刊行。さまざまな寓意を持ち、賛否両論を巻き起こしたファンタジーです。


忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/10/14
  • メディア: 文庫



 舞台はアーサー王が亡くなった直後のブリテン島です。ある村に老夫婦がいました。
 その村では過去を語ることがありません。というより、村人の記憶が曖昧なのです。

 「村人にとって、過去とはしだいに薄れていき、沼地を覆う濃い霧のようになってい
 くもの。たとえ最近のことであっても、過去についてあれこれ考えるなど思いもよら
 ないことだった。」(P17)

 アクセルとベアトリスの老夫婦は、なぜ息子が一緒にいないかが思い出せません。
 どこにいるのかさえ分からない息子を探して、あてのない旅に出かけますが・・・

 面白そうな物語に思えるかもしれませんが、これほど眠くなる小説はありません。
 話がぼんやりしていて分かりづらく、手ごたえが無いので実に頼りなく感じました。

 もちろん、作者カズオ・イシグロは、それを狙ってやっているのだと思います。
 だから最後まで読めば、納得できるのかもしれませんが、私は途中で挫折しました。

 上記二冊は、読み終えた上でオススメできないと思ったので、すでに処分しました。
 「忘れられた巨人」は3分の1も読んでいないので、しばらくはとっておきます。

 以上の三冊は、私にその本の良さが分からないだけ、という可能性の方が高いです。
 あくまで勝手な感想ですので、矛盾するようですが、ぜひ本を手に取ってください。

 さいごに。(さいごの桜)

 今年もさいごの桜が散りました。
 昔は何も感じませんでしたが、年を取ったせいかしみじみ感じるようになりました。

IMG_0764-2.jpg

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

豹頭の仮面 グイン・サーガ① [日本の現代文学]

 「豹頭の仮面 グイン・サーガ①」 栗本薫 (ハヤカワ文庫)


 亡国の世継ぎレムスと双子の姉リンダが、豹の仮面戦士グインと冒険する物語です。
 1979年に刊行され、外伝を合わせ150巻以上続いた、グイン・サーガの第一巻です。


豹頭の仮面―Guin saga 1 (1979年) (ハヤカワ文庫―JA)

豹頭の仮面―Guin saga 1 (1979年) (ハヤカワ文庫―JA)

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: 文庫



 中原で最も豊かで美しい王国パロは、突然モンゴール兵に攻められ滅亡しました。
 城が落ちるとき、双子の遺児レムスとリンダは、不思議な力で脱出させられました。

 弟のレムスは聖王アルドロスの世継ぎです。姉のリンダは予知能力を備えています。
 ふたりは辺境の森をさまよっているとき、ゴーラ国の兵たちに捕らえられました。

 しかしふたりは、見知らぬ戦士に助けられました。戦士は、豹の頭をしていました。
 豹頭の戦士はグインと名乗りましたが、なぜかそのほかの記憶が無かったのです。

 「俺は何者だ――グイン? それが俺の名なのか? 俺は誰と戦い、なぜこの森にい
 る? なぜこんなーーこんなものをかぶせられ、どんな呪いでとることさえできない
 のだろう」(P45)

 ただ「アウラ」という言葉だけが頭に鳴り響きますが、その意味も分かりません。
 グインは自分の記憶を求めて、そして双子を守りながら、冒険の旅に出るのです。

 その夜三人は、森の中でグール(食屍鬼)たちに襲われて・・・
 モンゴール兵に捕らえられ、黒死病の黒伯爵によって塔に幽閉され・・・

 グインは、レムスとリンダを安全なところへ導くことができるのか?
 グインは何者なのか? なぜ豹頭の仮面をつけていたのか?

 150巻以上も続く「グイン・サーガ」の第1巻です。読み出したら止まりません。
 私は一話完結だと思っていましたが、この巻は物語の途中で終わってしまいました。

 先が気になりますが、第2巻「荒野の戦士」もまた途中までで終わるらしいのです。
 続きを読み始めたら全巻読むことになりそうです。続きは退職後の楽しみにします。

 さて、この物語の魅力は次々に現れる化け物たちでしょう。特にドール(食屍鬼)!
 ドールは、死肉を食ってその死体に乗り移ります。いわゆるゾンビですね。

 「首のない屍。背中から腰まで、真二つに割られ、血を吹き出させたままの者。ちぎ
 れた腕が指先で歩き、重い武器でおしつぶされて、人間の奇怪でいやらしい戯画のよ
 うなすがたになった死体につきしたがっている。」(P63)

 しかもこのゾンビたちは、斬っても斬っても死にません。
 それどころか、二つに斬れば二つに分かれ、数を増やして襲ってくるのです。

 三人は、この絶体絶命のピンチを、いかにして脱したか?
 いいですね。こういうおどろおどろしい描写が、物語をスリリングにしてくれます。

 ところで、読書仲間からは、第5巻まで読めとアドバイスされました。
 というのも、第1巻に始まる「辺境篇」が完結するのが、第5巻だからだそうです。

 さいごに。(土日も出勤)

 先週もそうでした。今週も土日に出勤して、なんとか仕事に間に合わせています。
 これほど多忙なのは、年度初めの4月だけだと信じたい!

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

ミドルマーチ3 [19世紀イギリス文学]

 「ミドルマーチ3」 ジョージ・エリオット作 廣野由美子訳 (古典新訳文庫)


 架空の町ミドルマーチに住む2人の男女を軸に、様々な人間模様を描いた作品です。
 1871年刊行です。古典新訳文庫で全4巻です。今回はその第3巻を紹介します。


ミドルマーチ 3 (光文社古典新訳文庫)

ミドルマーチ 3 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/07/08
  • メディア: 文庫



 ドロシアは、夫カソーボンの心の中に、何らかの危機が訪れたことを察しました。
 夫が医師リドゲイトにどんな相談をしているのか、ドロシアは聞きに行きました。

 ある夜カソーボンはドロシアに、自分の研究のふるい分けの作業を手伝わせました。
 彼は、自分の生涯をかけた研究を、ドロシアに託そうとしているかのようでした。

 「私が死んだら、私の願っていることを実行してくれるかどうか、よく考えたうえで、
 答えてほしい。私がやめてほしいと思うことはせず、私が望んでいることをしてくれ
 るかどうか、ということをね」(P111)

 「全神話解読」を怪しげな謎解きだと考えるドロシアは、答えるのに躊躇しました。
 翌日、夫のもとに行くと、テーブルに両腕をのせてうつ伏せになってなっていて・・・

 ドロシアに同情し、憤慨する人々。カソーボンの遺言補足書には何が書かれていたか?
 法律を学ぶためにロンドンへ去るラディスロー。ドロシアへの思いを胸に秘めて・・・

 「荷物といえば、旅行鞄ひとつしかないような人間は、自分の思い出を頭のなかにし
 まっておくしかないのです」(P255)

 「男には、人生で一度しか経験できないようなものがあります。そして、自分にとっ
 ていちばんいい時期が終わったことを、いつか悟らざるをえないのです。(中略)も
 ちろん、これからもぼくは生きていきますよ。夢うつつのうちに天国を見てしまった
 男みたいな生き方になるでしょうけれども」(P446)

 第3巻(第5部・第6部)は「転」に当たる巻で、いろいろな変化が起きました。
 最大の出来事がカソーボンの死です。ドロシアの人生観も大きく変わっていきます。

 読みどころは多いのですが、特に良い味を出していたのがフェアブラザーです。
 フレッドのために、メアリへの密かな思いを隠して、ふたりの仲立ちになって・・・

 フェアブラザーがフレッドに代わって彼の気持ちを伝える場面は、非常に哀切です。
 そして、感動的です。こういうのを高潔な態度と言うのでしょう。

 また、フレッドを雇う決心をしたケイレプ・ガースも、良い味を出していました。
 ケレイプとスーザン夫婦の、お互いを信頼し思いやっている会話もすばらしいです。

 「おまえは、自分の値打ち以下のものしか手にしていない。私なんかと結婚して。」
 「私は自分の知っている中で、最高の人と結婚したのですよ」

 善良な人々は、物語を感動的にします。しかし、物語を面白くするのは悪党です。
 途中出場のラッフルズは、また違った意味で良い味(?)を出していました。

 バルストロードに妙な絡み方をしてくるラッフルズとは、いったい何者なのか?
 バルストロードの怪しげな過去が、やがて徐々に明かされていき・・・

 さて、物語も半ばを過ぎましたが、エリオットの文章はまったくだれません。
 相変わらず、絶妙な比喩がばんばん登場します。読んでいて時々うなりました。

 「偏見とは、匂いを放つ物体のように、実体と捉えどころのなさという二重の要素を
 備えているものだ。実体性という点ではピラミッドのように堅いが、捉えどころのな
 さという点では、谺(こだま)のそのまた谺のように消え入りそうで、暗闇のなかで
 香りを放つヒヤシンスの記憶のように淡い。」(P17)

 「噂というものは、しばしば軽率に、しかし効果的に伝えられていくものだ。それは、
 蜜蜂が好みの蜜を探しながらぶんぶん飛び回っているときに、(自分が粉だらけにな
 っているとも気づかず」花粉を撒き散らすやり方に似ている。」(P371)

 ところで、この本の巻末(P460~P461)には、詳細な人物関係図が載っています。
 ありがたく思って見てみたのですが、複雑に入り組んでいて頭に入りませんでした。

 さいごに。(大会に出ました)

 先週、読書0ページの私はもちろん練習0時間でした。それでも大会は出ました。
 400ハードルを1分11秒かけてなんとか完走しました。けがをしなくて良かった!

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

知的創造のヒント [読書・ライフスタイル]

 「知的創造のヒント」 外山滋比古 (講談社現代新書)


 著者自身が行っている、知的創造のためのトレーニング法について紹介した著書です。
 1977年に出た講談社新書版は絶版ですが、ちくま文庫に入って読み継がれています。


知的創造のヒント (講談社現代新書 490)

知的創造のヒント (講談社現代新書 490)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2024/04/14
  • メディア: 新書



知的創造のヒント (ちくま学芸文庫 ト 10-2)

知的創造のヒント (ちくま学芸文庫 ト 10-2)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2008/10/08
  • メディア: 文庫



 グライダーが空を飛ぶことができるのは、誰かが引っ張ってくれるおかげなのです。
 落ちそうになったらまた引っ張る。教育は、グライダー効果を狙っているようです。

 彼らに「さあ自由に飛んでみよ」と言ったら、優秀な人ほど途方にくれるでしょう。
 しかし、我々は落ちるリスクを冒してでも、自分のエンジンで飛ぶ必要があります。

 というように、いつもの外山節で始まります。外山一流の比喩が際立ちます。
 さまざまな比喩を用いて、「創造すること」の大切さとその方法を教えてくれます。

 私たちは、面白いアイディアがあると、それを借りてきて真似しようとしがちです。
 しかし借りてきたアイディアは、花の咲いている枝を切って来たようなものです。

 切り花には根がないから、たちまち枯れてしまいます。学校教育もまた同じです。
 アイディアは、人間の心という土壌の中で芽を出した植物でなければなりません。

 そういうアイディアは、出来上がるまでしばらく寝かせておくことが大事です。
 「その間に種子は精神の土壌の中で爆発的発芽の瞬間を準備する。」と言います。

 ほかたいへん参考になることが多いです。私は本書で外山滋比古にはまりました。
 ただし、1983年刊行のロングセラー「思考の整理学」と、一部内容がかぶります。
 「思考の生理学」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2022-10-09

 本書でもっとも印象に残っているのが、冒頭の「啐啄(そったく)の機」の話です。
 それは、孵化した卵を親鳥が外からつつくのと、雛が殻を破る呼吸が合うことです。

 自然の摂理は精巧で、親鳥は早くも遅くもない絶妙なタイミングで卵をつつきます。
 アイディアもまた、充分な時間をかけて温め、ちょうどよい時期に生み出すのです。

 7章では、本は面白いところでわざと離れる、という読書法を紹介しています。
 あえて読みさすことで先が気になり、次回本に入り込みやすくなると言うのです。

 ただし、これはいつでも本が読める人の方法でしょう、と私はツッコミたいです。
 私事ですが最近やたらと忙しくて、読みかけの本たちが気になって気になって・・・

 3月じゅうに、「ミドルマーチ」は全4巻すべてを読み終えておくべきでした。
 まったく本が読めていないので、今回も、大学時代に読んだ本書を紹介しています。

 さて外山には、同じ講談社現代新書から出た「読書の方法」という著書もあります。
 読書には、既知を読むアルファー読みと未知を読むベーター読みがあると言います。

 さらに、既知のものを指すアルファー語と未知のものを指すベーター語があって・・・ 
 と続きますが、そのように小難しい分類をする意味が、私には分かりませんでした。


読書の方法: 未知を読む (講談社現代新書 633)

読書の方法: 未知を読む (講談社現代新書 633)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1981/11/01
  • メディア: 新書



 さいごに。(先週の読書は0ページ)

 4月も2週目に入って、忙しさが倍増しました。まるで冗談のように忙しいです。
 もちろん、本なんて読めません。この1週間の読書は0ページです。ああ・・・

 世の中には「本なんて読まない」という人もいます。そういう人が少し羨ましい。
 ドロシアとラディスローがこの先どうなるのか、気になって仕方がありません。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:

知的生産の技術 [読書・ライフスタイル]

 「知的生産の技術」 梅棹忠夫 (岩波新書)


 まだパソコンがない時代に、知的生産活動の実践的技術について提案した著書です。
 1969年に出ました。今なお読み継がれている、知的生産についての古典的名著です。


知的生産の技術 (岩波新書 青版 722)

知的生産の技術 (岩波新書 青版 722)

  • 作者: 梅棹 忠夫
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2024/04/06
  • メディア: 新書



 梅棹は「知的生産」を「頭を働かせて何か新しい情報を提出すること」と言います。
 そして、梅棹自身が行っているその実践的な方法を、次の11章で解説しています。

 ①発見の手帳 ②ノートからカードへ ③カードとその使い方 ④きりぬきと規格化
 ⑤整理と事務 ⑥読書 ⑦ペンからタイプライターへ ⑧手紙 ⑨日記と記録
 ⑩原稿 ⑪文章

 ①の「発見の手帳」とは、毎日の生活体験における発見や着想を記述する手帳です。
 いつでも書けるように持ち歩き、思いついたらその場で文章にして記述します。

 ②では、ノートが整理に向かないため、カードを使い始めたことが書かれています。
 さまざまな発見もカードに書けば、それを並び替えることで、思考が整理されます。

 ③では、そのカードを説明します。B6判のそれを「京大型カード」と呼びます。
 いつでも持って歩き、一枚一項目を原則に書きつけ、書いたら忘れてもいいのです。

 カードで大事なことは組み換え操作であり、並び替えたとき意外な発見があります。
 そしたらその発見もカード化します。そのときカードは創造の装置となるのです。

 ④は、新聞切り抜きをフォルダーに保存する、オープン・ファイル方式の説明です。
 その際、定型の台紙に貼ることで、切り抜きは規格化され、カード化されるのです。

 ⑤では、「垂直式ファイリング・システム」という、文書整理法を紹介しています。
 それは、二つ折りフォルダーに書類を挟み、カードのように立てて並べるものです。

 ⑥では、読書の仕方や、その後の「読書カード」の作り方などを紹介しています。
 本に傍線を引きながら読み、何日か寝かせてから、カードにしていくのだそうです。

 ⑦では、タイプライターの必要性を訴え、⑧では、手紙の形式化を提唱しています。
 ⑨で、日記のカード化を考え、⑩と⑪では、原稿化と文章化のコツを伝えています。

 さて、本書でもっとも有名な箇所は、②と③における「京大型カード」の説明です。
 梅棹が図書館用品店に注文して作ったカードは、本書でさらに有名になりました。

 一方、私が個人的にもっとも興味を覚えた箇所は、もちろん⑥における読書法です。
 私のこのブログは、考えてみると、梅棹の「読書ノート」の代わりになっています。

 ところで、私の持っているこの本は1991年の第49刷です。社会人2年目の年です。
 働き始めたばかりの、仕事に追われる中、自分だけの「知的生活」に憧れたのです。

 「知的生活の方法」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2018-04-24
 「考える技術・書く技術」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2018-04-21
 「思考の整理学」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2022-10-09

 ちなみに本書は、押入れの棚を整理をしていたときに、どこからか出てきました。
 ほか、外山滋比古の「知的創造のヒント」「読書の方法」も一緒に出てきました。

 さいごに。(うなぎ)

 先日、久しぶりにうなぎを食べました。5年ぶりぐらいでしょうか。
 記念に写真を残しました。おそらく次に食べるのは、5年後ぐらいでしょうから。

IMG_0690-2.png

nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:
前の10件 | -