多読術 [読書・ライフスタイル]
「多読術」 松岡正剛 (プリマー新書)
読書と編集の達人が、読書法について、問答形式でやさしく教えてくれる本です。
著者の松岡は、ネット上で「千夜千冊」という本の紹介サイトを運営しています。
本を手に取ったら目次をじっくりと読んで、おおざっぱな内容を想像します。
そして「知のマップ」ができたところで読み始めます。これが「目次読書法」です。
読書の醍醐味は、著者の書いた内容と自分の感情とが混ざっていくことにあります。
つまり読書とは、「著者と自分とのコラボ」なのであり、「相互編集」なのです。
「相互編集」を通して、時に読者は、新たな時空に入ったことを実感します。
そのことをリアルタイムに感じたら、ぜひそれを本にマークしておきたい。
また、読書しながら感じたことや考えたことは、どんどん本に書き込んでいきたい。
「マーキング読書法」では、本を「テキストが入っているノート」とみなします。
というように、著者の読書法と読書に対する考えが、分かりやすく語られています。
読書は「相互編集」だという考え方は、私にとって特に面白かったです。
また、人類の「音読」と「黙読」の歴史を語った場面は、非常に興味深かったです。
14世紀から16世紀に活版印刷の普及によって、世界は「黙読社会」へ進化しました。
さらに、黙読が脳内に「無意識」を発生させた、という仮説があるのだそうです。
音読社会ではつながっていた言葉と意識が、黙読社会によって分かれたのだと。
ほかにも、「なるほど!」とうなるような言葉が、随所に散りばめられていました。
以下にいくつか引用してみます。
「たとえていえば、読書は何かを着ることに似ています。読書はファッションだと言
ってもいいくらいだけど、もっとわかりやすくいえば、日々の着るものに近い」(P12)
「本はやっぱりパンドラの箱。読書によって、そのパンドラの箱が開く。そこに伏せ
られていたものが、自分の前に躍り出てくるということです。」(P69)
「読書世界と本棚とは一体だ」(P116)「もともと本は左右三冊ずつの並びをもって、
書物のなかで右にも左にも数珠つなぎにつながっているんです。」(P118)
「テキストは完全には自立していないんじゃないか、それらの光景をうんと上から見
れば、網目のようにいろんなテキストが互いに入り交じって網目や模様をつくってい
るんじゃないか」(P151)
「私たちは本にとらわれていいんですよ。それでしばらく行方不明になってもいいん
です。」(P169)
さて、タイトルは「多読術」であり、実際に松岡は多読を中心に語っています。
一方で、さまざまな読み方があっていいと言います。読み方はたくさんあります。
多読、少読、広毒、狭読、感読、耽読、惜読、愛読、敢読、氾読、食読、録読、味読、
雑読、乱読、吟読、攻読、引読、精読、閑読、蛮読、散読、粗読、筋読、熟読、逆読。
ところで、私が松岡正剛を知ったのは、「本は10冊同時に読め!」においてでした。
この本の内容もまさに、「多読術」に関するものでした。
成毛眞「本は10冊同時に読め!」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2013-06-11
しかし、私が「多読術」を知ったのは、岩波文庫別冊「読書のすすめ」においてです。
この中の中村真一郎の「わが読書」がとても参考になりました。
さらに、岩波新書「私の読書法」にも、参考になることがたくさん書かれていました。
多読の実践報告である、杉浦明平の「一月・一万ページ」など、次回紹介したいです。
さいごに。(折れてしまった)
前回紹介した「野中寺の金銅弥勒」は、壁に取り付けた専用の棚に納めています。
しかし、かわいいので何度も手に取って撫でているうちに、トラブルが発生しました。
向かって右側の長い髪が、根元からポキッと折れてしまったのです!
幸い、アロンアルファでくっつきましたが、それ以降はとても気を付けています。
読書と編集の達人が、読書法について、問答形式でやさしく教えてくれる本です。
著者の松岡は、ネット上で「千夜千冊」という本の紹介サイトを運営しています。
本を手に取ったら目次をじっくりと読んで、おおざっぱな内容を想像します。
そして「知のマップ」ができたところで読み始めます。これが「目次読書法」です。
読書の醍醐味は、著者の書いた内容と自分の感情とが混ざっていくことにあります。
つまり読書とは、「著者と自分とのコラボ」なのであり、「相互編集」なのです。
「相互編集」を通して、時に読者は、新たな時空に入ったことを実感します。
そのことをリアルタイムに感じたら、ぜひそれを本にマークしておきたい。
また、読書しながら感じたことや考えたことは、どんどん本に書き込んでいきたい。
「マーキング読書法」では、本を「テキストが入っているノート」とみなします。
というように、著者の読書法と読書に対する考えが、分かりやすく語られています。
読書は「相互編集」だという考え方は、私にとって特に面白かったです。
また、人類の「音読」と「黙読」の歴史を語った場面は、非常に興味深かったです。
14世紀から16世紀に活版印刷の普及によって、世界は「黙読社会」へ進化しました。
さらに、黙読が脳内に「無意識」を発生させた、という仮説があるのだそうです。
音読社会ではつながっていた言葉と意識が、黙読社会によって分かれたのだと。
ほかにも、「なるほど!」とうなるような言葉が、随所に散りばめられていました。
以下にいくつか引用してみます。
「たとえていえば、読書は何かを着ることに似ています。読書はファッションだと言
ってもいいくらいだけど、もっとわかりやすくいえば、日々の着るものに近い」(P12)
「本はやっぱりパンドラの箱。読書によって、そのパンドラの箱が開く。そこに伏せ
られていたものが、自分の前に躍り出てくるということです。」(P69)
「読書世界と本棚とは一体だ」(P116)「もともと本は左右三冊ずつの並びをもって、
書物のなかで右にも左にも数珠つなぎにつながっているんです。」(P118)
「テキストは完全には自立していないんじゃないか、それらの光景をうんと上から見
れば、網目のようにいろんなテキストが互いに入り交じって網目や模様をつくってい
るんじゃないか」(P151)
「私たちは本にとらわれていいんですよ。それでしばらく行方不明になってもいいん
です。」(P169)
さて、タイトルは「多読術」であり、実際に松岡は多読を中心に語っています。
一方で、さまざまな読み方があっていいと言います。読み方はたくさんあります。
多読、少読、広毒、狭読、感読、耽読、惜読、愛読、敢読、氾読、食読、録読、味読、
雑読、乱読、吟読、攻読、引読、精読、閑読、蛮読、散読、粗読、筋読、熟読、逆読。
ところで、私が松岡正剛を知ったのは、「本は10冊同時に読め!」においてでした。
この本の内容もまさに、「多読術」に関するものでした。
成毛眞「本は10冊同時に読め!」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2013-06-11
しかし、私が「多読術」を知ったのは、岩波文庫別冊「読書のすすめ」においてです。
この中の中村真一郎の「わが読書」がとても参考になりました。
さらに、岩波新書「私の読書法」にも、参考になることがたくさん書かれていました。
多読の実践報告である、杉浦明平の「一月・一万ページ」など、次回紹介したいです。
さいごに。(折れてしまった)
前回紹介した「野中寺の金銅弥勒」は、壁に取り付けた専用の棚に納めています。
しかし、かわいいので何度も手に取って撫でているうちに、トラブルが発生しました。
向かって右側の長い髪が、根元からポキッと折れてしまったのです!
幸い、アロンアルファでくっつきましたが、それ以降はとても気を付けています。