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木精(こだま) [日本の近代文学]

 「木精(こだま)―或る青年期と追想の物語―」 北杜夫 (新潮文庫)


 ドイツの研究所で学ぶ30歳の「ぼく」の、過去の追想と将来の希望を描いた物語です。
 初期の傑作「幽霊」の20年後に書かれた続編です。自伝的要素の強い小説です。
 「幽霊」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2020-01-26-2


木精―或る青年期と追想の物語―(新潮文庫)

木精―或る青年期と追想の物語―(新潮文庫)

  • 作者: 北 杜夫
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/09/06
  • メディア: Kindle版



 30歳の「ぼく」は、ドイツのチュービンゲンにある、神経研究所で学んでいます。
 実は日本を離れたのは、倫子(のりこ)という人妻と別れるためでもありました。

 それにも関わらず、あれから2年たった今も、倫子のことばかり思い出します。
 4年前の出会い、初めての関係、4歳の子、数々の逢瀬、口喧嘩、そして別れ・・・

 「ぼくらの恋は、背徳の、不倫の恋であることに間違いはなかった。そしてそのゆえ
 に、それはときにはほの暗く、ときには閃光のように燃え、一種ほろ苦い蜜の味を有
 していたのかもしれない。」(P124)

 日本の雑誌に送った作品が評価され、「ぼく」は小説家になる夢を持ち始めました。
 クレッチュマー教授に学び、ドクターまで取りながら、「ぼく」は迷っていました。

 とうとう「ぼく」は、3年間の留学を終えるころ、日本に帰る決心をしました。
 その前にスイスに旅行し、敬愛する作家トーマス・マンの墓のある教会に詣で・・・

 この場面がとても印象に残っています。おそらく北の体験とほぼ同じなのでしょう。
 北自身も、トーマス・マンの作品に、とても大きな影響を受けたのです。

 「静かに! このおびえたような鼓動は一体何なのだろう? 長いこと急坂を登って
 きたための動悸なのだろうか。いや、長年、ぼくの精神を少しずつ育んでくれた旋律
 が、この墓の周囲に漂っているのではなかろうか。
 『ぼくはやってきました、遠い国から』
  と、半ば無意識に、墓石に向かってささやいた。」(P139)

 北は、マンの「トニオ・クレーゲル」から、特に大きな影響を受けたのだそうです。
 そこで、ペンネームを「杜夫」(トニオ = 杜二夫 → 杜夫)にしたとも言います。

 そして、「トニオ・クレーゲル」は、この作品の随所に登場し、時に引用されます。
 人妻倫子との禁断の恋の始まりを思い出し、当時の心情を次のように書いています。

 「ぼくという人間は、トニオ・クレーゲル少年のごとく、ひそかな愛慕をよせたハン
 ス・ハンゼンやインゲボルク・ホルムからは決して好意を持たれることもなく、せい
 ぜい芸術家の女友達リザヴェーダ・イワノヴナなどと冷静な友情を結べるくらいが実
 情なのではあるまいか。」(P92)

 トニオも、ハンゼン少年に好意を寄せるという、ある意味禁断の恋を経験します。
 自分とトニオを重ね合わせ、すでにこの時点で、恋の終わりを予感しているのです。

 さて、この作品は北の青年期とトーマス・マンへの思いが分かる点で興味深いです。
 ただ、別れた女のことをいつまでもうじうじ書いている点は、引いてしまいました。

 たとえば、「ぼく」の書いた手紙を倫子がブラジャーの中へ入れておいたとか・・・
 ああ恥ずかし。いい年してそんなこと書いてるなよ、体がかゆくなってくるよ!

 ついでながら、私には倫子という女性が、あまり魅力的には思えなかったです。
 「ぼく」からの手紙を、夫に読まれてしまうなんて・・・ちょっとバカっぽいです。

 私には倫子がつまらない女に思えたので、主人公「ぼく」に共感できませんでした。
 倫子を追想する「木精」よりも、母を追想した「幽霊」の方が、はるかに良かった。

 ところで、トーマス・マンについては、2013年~14年にひととおり読んでいます。
 もちろん、「トニオ・クレーゲル」もすでに紹介しています。
 「トニオ・クレーガー」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2013-10-24

 ラストのクライマックスで、「ぼく」は「トニオ・クレーゲル」を手に旅をします。
 この場面が良いです。本当に北杜夫は、「トニオ・クレーゲル」が好きなんですね。

 さいごに。(奈良弾丸ツアー)

 昨年12月、娘が修学旅行で奈良に行きながら寺を見なかったので、私は怒りました。
 そこで、我が家では2月11日(日)に日帰りで、「追」の修学旅行を決行しました。

 午前に法隆寺を、午後に興福寺と東大寺を回りましたが、日程が超ハードでした。
 それでも娘は、教科書に載っている国宝を見ることができて、満足だったようです。

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説得 [19世紀イギリス文学]

 「説得」 ジェイン・オースティン作 中野康司訳 (ちくま文庫)


 周りに「説得」されて婚約を解消したアンが、8年後に元恋人と再会する物語です。
 1818年に刊行された最後の長編小説です。「説きふせられて」の題でも出ています。


説得 (ちくま文庫 お 42-7)

説得 (ちくま文庫 お 42-7)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2008/11/10
  • メディア: 文庫



 ウォルター・エリオットは虚栄心の塊で、准男爵であることを鼻にかけています。
 13年前に妻が亡くなってからは、大きな屋敷で贅沢三昧の暮らしを続けてきました。

 エリオット家には3人の娘がいて、29歳の長女エリザベスが切り盛りをしています。
 27歳の次女アンがこの物語の主人公です。3女のメアリーはすでに結婚しています。

 さて、贅沢に慣れた一家は毎年借金を重ね、生活様式を変える必要に迫られました。
 エリオット家はこれまでの屋敷を他人に貸して、バースに引き込むことにしました。

 そして彼らの屋敷を借りることになったのは、海軍で活躍したクロフト提督でした。
 その妻には弟がいました。それがウェントワース大佐だと知ってアンは驚きました。

 ウェントワースは、以前アンが周りに説得されて婚約を解消した相手だったのです。
 当時23歳の彼はまだ財産がなくて、准男爵家には不釣り合いだと考えられたのです。

 しかし、この8年間にウェントワースは手柄を立て、相当な財産を築いていました。
 彼は今も、アンを許していないようでした。一方アンは今では、後悔していました。

 「あのときの自分と同じような状況に立たされた若い娘が、もしいま自分に助言を求
 めてきたら、アンは、あのような不確実な将来の幸福のために、あのような絶対確実
 な不幸を選ぶような助言は絶対に与えないだろう。」(P50)

 アンが妹メアリーの嫁いだマスグローヴ家にいるとき、ウェントワースが来て・・・
 ウェントワースはマスグローヴ家の娘たちと仲良くなり、屋敷に通うように・・・

 読んでいるうちに、しだいに穏やかで優しい気持ちになっていきます。
 それもみな、主人公アンの良識と思いやりによるものでしょう。

 アンには早く幸せになってほしい。早くウェントワースとよりを戻してほしい。
 しかし、ふたりの関係は遅々として進みません。展開が遅くてじれったくなります。

 やや退屈な中盤をなんとか持ちこたえさせているのが、怪しげな〇〇〇〇〇氏です。
 なぜ急に態度を改め交際を求めてきたのか? こういう悪党が物語を面白くします。

 第21章で氏の正体が明かされてから、物語はテンポが良くなりいっきにラストへ。
 かつて〇〇〇〇〇氏は、何を企んだのか? そして今彼は、何を企んでいるのか?

 そして、アンの控えめだがしっかりした態度が、幸せを呼び寄せます。
 ウェントワースとのほんのちょっとした会話が、ふたりの運命を変えるのです。

 「でも時が経てばいろいろ変わるでしょう」
 「いいえ、私はそんなに変わっていませんわ」
 「ずいぶん昔の話です! 八年半といえば一昔前です!」(P373)

 良い人と悪い人が明確に分けられているため、展開も文章も分かりやすかったです。
 アンが絶対幸せになって終わるはずだという確信が持てて、安心して読めました。

 ところで、時代が時代なので、物語のいたるところから階級差別を感じました。
 アンと従兄のエリオットとの次のような会話から、当時の英国の状況が分かります。

 「エリオットさん、私が考える良き交際相手とは、知性と教養にあふれた、話題の豊
 富な人たちですわ。それが私の言う良き交際相手ですわ」
 「いや、それは違いますね」とエリオット氏は穏やかに言った。「それは良き交際相
 手ではなくて、最高の交際相手です。良き交際相手に必要なのは、家柄と教育と礼儀
 作法だけです。」(P246)

 アンの言葉はそのままオースティンの言葉でしょう。作者の趣味の良さを感じます。
 次は、出版時に合本になっていた「ノーサンガー・アビー」を読んでみたいです。

 さいごに。(Uネクストでムーは・・・)

 Uネクストでは、「超ムーの世界R」の全186話がすべて見られます。すばらしい!
 しかし186話もあると逆に見る気が失せて、「退職後でいいか」と思ってしまいます。

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幽霊列車 [日本の現代文学]

 「幽霊列車」 赤川次郎 (文春文庫)


 列車の乗客が消えた表題作など、中年警部と女子大生が事件を解決する短編集です。
 1976年刊行の「幽霊列車」は赤川のデビュー作で、「幽霊シリーズ」の第一作です。


新装版 幽霊列車 (文春文庫) (文春文庫 あ 1-39)

新装版 幽霊列車 (文春文庫) (文春文庫 あ 1-39)

  • 作者: 赤川 次郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/01/04
  • メディア: 文庫



 岩湯谷駅で乗車した8人が、次の大湯谷駅に着いたときには全員消えていました。
 この幽霊列車事件の謎を解くため、40歳の宇野警部は客を装い、調査を始めました。

 推理オタクの21歳の女子大生永井夕子と出会い、一緒に事件を追いかけますが・・・
 走る列車から、どのようにして乗客はいなくなったのか? なぜいなくなったのか?

 以上の表題作「幽霊列車」は、赤川次郎の記念すべきデビュー作です。
 そして本書は、宇野警部と夕子が初めて出会う作品です。のちにシリーズ化します。

 デビュー作の割には完成度が高く、文章のテンポもよくて、とても面白かったです。
 トリックもなかなか凝っていました。また、謎が解明されていく場面もうまいです。

 内容にはたいへん満足しました。しかし、その一方で違和感を覚えたのも確かです。
 冴えない中年警部が、美人女子大生に気に入られ、関係まで持ってしまうのはなぜ?
 
 さて、この短編集には、「幽霊列車」を含めて全5作が収録されています。
 どの作品も、良い意味でも悪い意味でも娯楽小説です。とても上質な娯楽小説です。

 もっとも面白かったのは「善人村の村祭」です。推理小説というより冒険小説です。
 宇野警部と永井夕子が偶然訪れた「善人村」では、元日に年に一度の祭があります。

 村人たちはとても親切で、ふたりは至れり尽くせりの歓迎を受けました。
 村長の屋敷に泊まると、その妖艶な妻が裸になって、宇野の床に入ってきて・・・

 ふたりは危機に陥って、初めて行き過ぎた歓迎ぶりの意味に気付きました。
 「正月のお祭のために私たちが必要だったのね。〇〇〇〇として」(P354)

 「善人村」ではるか昔から続けられてきた祭とは、どのようなものだったのか?
 宇野警部と夕子は、その祭においていったいどのような役割を担っていたのか?

 特に村長の妻の絢路夫人が、良い味を出していました。この人をぜひ映像で見たい。
 また、善人ばかりの村の秘密が明かされていくところが、とてもスリリングでした。

 ところで、私は先ほど収録されている作品を、良くも悪くも娯楽小説と評しました。
 というのも「幽霊列車」以外の作品は、推理小説としては物足りなかったからです。

 しかし、赤川作品にはほかに「マリオネットの罠」という高評価の作品があります。
 機会があったらぜひ読んでみたいです。


マリオネットの罠 (文春文庫)

マリオネットの罠 (文春文庫)

  • 作者: 赤川 次郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: Kindle版



 さいごに。(エンドレスエイト)

 Uネクストに31日間お試しで入り、「涼宮ハルヒの憂鬱」(全24話)を見ています。
 その中の「エンドレスエイト」というエピソードは、同じ話を8回繰り返すのです。

 2回目から7回目の6回は見る意味がありません。ファンは怒ったのではないか?
 もしお金を払って見ていたのなら、私も怒ったと思います。無料で良かった。

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ブルーもしくはブルー [日本の現代文学]

 「ブルーもしくはブルー」 山本文緖 (角川文庫)


 自分とまったく違う生活をしている自分の分身と、1ヶ月だけ入れ替わる物語です。
 1992年刊行。初期の頃のファンタジー&ホラー作品で、NHKドラマになりました。


ブルーもしくはブルー (角川文庫)

ブルーもしくはブルー (角川文庫)

  • 作者: 山本 文緒
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/05/21
  • メディア: Kindle版



 佐々木蒼子は、偶然訪れた福岡の街で、かつて恋人だった河見を見かけました。
 追いかけると、河見が自分とそっくりな女性と一緒だったので、興味を持ちました。

 彼女の名前は、河見蒼子。佐々木蒼子と、名前も生年月日も、記憶も同じなのです。
 河見蒼子(蒼子B)は、佐々木蒼子(蒼子A)の分身なのではないでしょうか。

 いわゆるドッペルゲンガーです。では、蒼子はいつ自分から分離したのでしょう?
 それは以前、佐々木と河見のどちらと結婚するか、死ぬほど悩んだときではないか。

 のちに、けんか別れしていた父と再会したとき、父には蒼子Bが見えませんでした。
 どうやら蒼子Aが本体であり、蒼子Bが影のようです。蒼子Bは落ち込みました。 

 ところで、蒼子Aは6年前に佐々木と結婚し、東京でぜいたくに暮らしています。
 しかし現在、佐々木には恋人がいて、蒼子Aは満たされない毎日を過ごしています。

 蒼子Bは、河見と結婚して、福岡で質素に暮らしながらも、河見に愛されています。
 しかし、河見は酔っぱらうと乱暴になり、蒼子Bはたびたび殴られているのです。

 蒼子Aは、河見と結婚した蒼子Bを羨み、1か月間入れ替わることを提案しました。
 蒼子Bは、河見との結婚を後悔していたので、すんなりその提案を受け入れました。

 「余るほどの自由があれば心の拠り所が欲しくなり、強く愛されればそれは束縛に感
 じる。」(P129)

 蒼子Aと蒼子Bは、周到な準備の末、入れ替わって生活を始め・・・
 蒼子Aは、まさかこの試みで窮地に追い込まれるとは、考えもせず・・・

 「彼女は私のドッペルゲンガーなのだ。影が本体に勝てるわけがない。」(P178 )
 蒼子Aは高をくくっていましたが・・・思いもよらぬ展開で、立場が逆転し・・・

 私は最初、本体と影が力を合わせて、クズ男をやっつける物語かと思いました。
 ところが、物語は意外な展開をします。これは、想定外でした。

 物語は軽快で、読み始めたら止まりません。終盤のどんでん返しもすばらしい。
 ただ、結末は少し寂しすぎます。ふたりとも、もっと変わってほしかったです。

 タイトルは、「ブルー(蒼)もしくはブルー(蒼)」です。
 「結局は同じ」というニュアンスが込められていることに、最後に気づきました。

 さて、この作品は作者が一般の作品に転向してから2作目にあたります。
 だから、これまで書いてきたジュニア作品っぽさが、ちらほら見え隠れします。

 ちなみに、もっともジュニア作品っぽい部分は、文庫のカバーイラストでしょう。
 でも、私はこのイラストが、案外好きだったりします。

 これで、山本文緒の代表作をだいたい制覇しました。
 「ブルーもしくはブルー」を入れて全五作、すべて面白かったです。

 「自転しながら公転する」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2024-01-11
               https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2024-01-14
 「恋愛中毒」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2023-06-30
 「絶対泣かない」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2016-05-05
 「プラナリア」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2024-01-08

 さいごに。(それは、誰?)

 私は先日仕事の仲間に、「あなたにそっくりな人を見たよ」と言われました。
 もちろん、それは私ではありません。しかし、名字も私と同じだったそうです!

 近くの場所なので、確かめることはたやすいのですが、どうしてもできません。
 ちょっと怖いですね。もし、私がドッペルゲンガーだったら、と思うと・・・

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ほら吹き男爵の冒険 [18世紀文学]

 「ほら吹き男爵の冒険」 G・A・ビュルガー作 酒寄進一訳 (古典新訳文庫)


 実在したミュンヒハウゼン男爵の、さまざまな冒険における奇想天外な物語です。
 1788年刊行。「ほら吹き男爵」物語群の完成版です。数々の楽しい挿し絵付きです。


ほら吹き男爵の冒険 (光文社古典新訳文庫)

ほら吹き男爵の冒険 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/09/14
  • メディア: Kindle版



 狩猟に出て、湖で数十羽の野ガモを見つけましたが、すでに弾はありませんでした。
 そこで男爵は、ベーコンの残りを長い長い紐に結んで、野ガモの群れに投げました。

 一羽の野ガモがそれを食べましたが、ベーコンは消化されずに尻から出てきました。
 そのベーコンをもう一羽が食べ、尻から出てきたベーコンをほかの一羽が食べ・・・

 という具合に、紐に通した真珠さながら、数十羽の野ガモがすべてつながれました。
 そして、野ガモが一斉に飛び立ったため、男爵は空中を飛んで楽々帰ってきました。

 トルコ軍と戦った折、愛馬に乗って要塞に駆け込んだ途端、格子が落とされました。
 そのため愛馬は前後で切断されましたが、男爵はそれを知らず敵を蹴散らしました。

 やがて馬は水を飲み始めましたが、後ろが無いので飲んだ水はそのまま流れました。
 馬の後ろ半分はすでに牧場に帰っていたため、鍛冶屋に胴をつなぎ止めさせました。

 また、味方の撃った大砲の玉に乗って、敵軍に向かっていったこともあります。
 途中で気が変わり、空中で相手の撃った玉に乗り移って、自軍に帰って来ました。

 話はどんどん大きくなります。あるときは、トルコ豆のつるを登って月に行きます。
 またあるときは、暴風に見舞われた船が空に投げ出され、風を受けて月に行きます。

 またあるときは、エトナ火山を真っ逆さまに落ちて、地球の反対側から出てきます。
 またあるときは、大鯨に船ごと飲み込まれ、その腹の中で1万人の人々に会い・・・

 という具合に、ほら話は止まりません。読んでいてとても愉快な気分になります。
 しかも、挿し絵が付いているのでとても楽しく読み進めることができました。

 中には、味わいのあるほら話もありました。それが、御者の鳴らなかった角笛です。
 なぜ角笛は鳴らなかったのか? それは、寒さで音が凍結したためだと言うのです。

 やがて寒さがゆるんだとき、角笛の中の音は溶けて、勝手に鳴り始めるのでした。
 そして言います。「もし疑う人がいたら、その方々の猜疑心を気の毒に思う」と。

 まじめな顔をして大法螺を吹くところは、「ガリバー旅行記」にそっくりです。
 実際「ガリバー旅行記」が引用されているので、影響を受けているのが分かります。

 さて、「ほら吹き男爵」は「ミュンヒハウゼン男爵」のことで、実在していました。
 物語にある通り、ロシア帝国に仕官して、トルコ戦争に従軍しているのだそうです。

 そして彼は自分の体験を、周りの者たちに生き生きと語って聞かせたのだそうです。
 しかし、まさか自分が「ほら吹き男爵」と呼ばれるなど想像できなかったでしょう。

 さいごに。(オーディブル、50%オフ)

 聴く読書オーディブルを、1か月だけ試して解約したのは、お高いと思ったから。
 ところが最近、3か月間50%オフでのお誘いが、メールで来ているのです。

 50%オフだと、1か月で750円です。私は、それなら断然安いと思います。
 さっそく再入会の手続きをしました。もちろん、3か月だけでやめる予定ですが。

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宵山万華鏡 新釈走れメロス [日本の現代文学]

 「宵山万華鏡」 森見登美彦 (集英社文庫)


 祇園祭宵山におけるさまざまな非日常的出来事を描いた、幻想的な連作短編集です。
 2009年の刊行です。6編から成り、「きつねのはなし」に通じるものがあります。


宵山万華鏡 (集英社文庫)

宵山万華鏡 (集英社文庫)

  • 作者: 森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/06/26
  • メディア: 文庫



 「宵山姉妹」「宵山金魚」「宵山劇場」「宵山回廊」「宵山迷宮」「宵山万華鏡」
 「姉妹」と「万華鏡」、「金魚」と「劇場」、「回廊」と「迷宮」がセットです。

 もっとも面白かったのは、「宵山金魚」でした。これは、ドタバタ劇でした。
 祇園祭のしきたりを守らなかった青年が、宵山様のもとに連れ出される話です。

 藤田は、高校時代の同級生の乙川に、宵山を案内してもらうことになりました。
 ところが藤田は乙川とはぐれてしまい、立ち入り禁止区域に入ってしまいました。

 たちまちやってきた祇園祭司令部。「くそたわけ! 宵山様に申し訳ないと思え!」
 御輿でかつがれ、宵山様のもとにしょっぴかれます。その、宵山様とは・・・

 「意味はない。意味のないところに意義がある。」(P98)
 無意味でバカバカしい展開です。そういう点で、もっとも森見らしさを感じました。

 続く「宵山劇場」は、その舞台裏を明かした作品で、ワンセットで味わいたいです。
 小長井と山田川がナイスコンビです。ほのぼのとした味わいがあってオススメです。

 「宵山回廊」と「宵山迷宮」は、一転してちょっと怖い感じのする物語です。
 千鶴が会いに行くと、叔父は言いました。「明日からはもう、会えなくなる」と。

 叔父は15年前の宵山で娘の京子を失いました。京子はその日から行方不明なのです。
 ところが、露店で買った万華鏡で宵山をのぞくと、そこに娘の京子が映って・・・

 「あの子はずっと宵山にいたんだ。だから俺もずっと宵山にいる」(P161)
 「おれはこの一日から出ることはない」という叔父の言葉は、どういうことなのか?

 続く「宵山迷宮」は、画廊の柳さんの話です。彼もまた宵山を繰り返していて・・・
 骨董屋の乙川が言う「水晶玉」とは何か? なぜ彼らはみな宵山を繰り返すのか?

 最後に、さまざまなエピソードが、種明かし的に語られるのが「宵山万華鏡」です。
 しかしすべての謎が解けるわけではありません。いったい宵山様とは何だったのか?

 もう一度全6編を読み直したくなりました。そういう意味で、魅力的な短編集です。
 また、京都の祇園祭宵山を、実際に見に行きたくなります。

 「祇園祭というからには八坂神社が本拠地なのだと理屈では分かっても、縦横無尽に
 祭りが蔓延して、どちらの方角に八坂神社があるのかさえあやふやである。祭りがぼ
 んやりと輝く液体のようにひたひたと広がって、街を吞みこんでしまっている。」
 (P64)

 さて、森見の連作短編集にはほかに「新釈 走れメロス」(角川文庫)があります。
 「走れメロス」「山月記」「藪の中」など名作が、森見流にアレンジされています。


新釈 走れメロス 他四篇 (角川文庫)

新釈 走れメロス 他四篇 (角川文庫)

  • 作者: 森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2015/08/22
  • メディア: 文庫



 「走れメロス」は、自分を信じる友のため命をかけて走り続ける男の物語です。
 太宰治の傑作ですが、森見流にアレンジされるとこんなふうになってしまう!

 大学の詭弁論部所属の芽野と芹名は親友で、「阿呆の双璧」と言われています。
 ふたりは「パンツ番長戦」で引き分けとなって以来、お互いを認め合う仲です。

 あるとき芽野が、悪名高き図書館警察長官に談判に行って捕まりました。
 長官に、ブリーフ一丁で踊って学園祭のフィナーレを飾れ、と命令されました。

 芽野は、姉の結婚式に出るため猶予を請い、身代わりに芹名を差し出しました。
 しかし、芹名には分かっていたのです。芽野には戻る気がないということが。

 「これは信頼しないという形をとった信頼、友情に見えない友情だ」(P135)
 そして、フィナーレのブリーフ一丁踊りは・・・

 タイトル作は面白いです。あまりにもくだらなくて涙が出そうになります。
 ただし、ほかの4編はぱっとしません。原作を読んだ方が良いと思います。

 さいごに。(バウンドケーキ?)

 「パウンドケーキ」のことを、これまで「バウンドケーキ」だと思っていました。
 うちではそれをネタにして、妻も娘もわざと「バウンドケーキ」と言っています。

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四畳半タイムマシンブルース [日本の現代文学]

 「四畳半タイムマシンブルース」 森見登美彦 (角川文庫)


 タイムマシンを使って壊れたリモコンを取り戻そうとするSF青春ドタバタ劇です。
 2020年刊行。上田誠の戯曲「サマータイムマシン・ブルース」とのコラボ作品です。


四畳半タイムマシンブルース (角川文庫)

四畳半タイムマシンブルース (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/06/10
  • メディア: 文庫



 「ここに断言する。いまだかつて有意義な夏を過ごしたことがない、と。」(P5)
 8月12日の昼下がり、「私」と小津は四畳半の部屋の炎熱地獄に苦しんでいました。

 というのも昨日、部屋でドタバタするうちにクーラーのリモコンを壊したからです。
 昨日は明石さんが多くの仲間たちを集めて、ここでポンコツ映画を撮ったのでした。

 明石さんは「私」の憧れの女子学生で、五山送り火見物に誘いたいと思っています。
 しかし彼女は、すでに誰かと約束しているようなのです。でも、いったい誰と?

 さて、昨日の仲間たちが再び集まったところで、ヘンテコなものが見つかりました。
 それは、黒光りする古畳で、「ドラえもん」に出て来るタイムマシンのようでした。

 このマシンを使えば、昨日壊れたリモコンを取り戻せる、と考えた一行は・・・
 しかし、過去を改変してしまった場合、全宇宙が消滅する危険性に気付き・・・

 「全宇宙消滅の危機に直面した我々の取るべき道はただひとつであった。タイムマシ
 ンに乗って『昨日』へ行き、クーラーのリモコンがきちんと壊れるように辻褄を合わ
 せた上で、小津たちをすみやかに連れ戻すことである。」(P111)

 小津という男のキャラクターと、昨日と今日の辻褄合わせが、この小説の命です。
 小津がやたら人の足を引っ張るのに、最後はパズルのピースがピタッと合うのです。

 特に、「私」と明石さんの場面がサイコーです。いかにして五山送り火に誘うのか?
 明石さんのキャラがいいですね。そして、結末もすばらしいです。

 この小説では、森見節も健在でした。たとえば、相島氏の次の言葉は印象的でした。
 作者の一番言いたいことも、この中にあるのではないか?

 「たとえばこんな四畳半アパートの一室にひとりで籠もっているとしよう。こんなと
 ころにどんな可能性がある? ここには恋も冒険もない。なーんにもない。昨日は今
 日と同じで、今日は明日と同じ。まるで味のしないハンペンのような毎日ですよ。そ
 れで生きていると言えますか?」(P168)

 この小説の原案は上田誠となっています。2001年に初演された戯曲なのだそうです。
 竹書房文庫から出ていましたが現在は品切れです。手に入ったら読んでみたいです。


サマータイムマシン・ブルース (竹書房文庫)

サマータイムマシン・ブルース (竹書房文庫)

  • 出版社/メーカー: 竹書房
  • 発売日: 2005/08/01
  • メディア: 文庫



 さいごに。(体育つらい?)

 寒い日が続きます。この時期の体育は長距離走なので、娘は憂鬱そうです。
 「そんなの、遊んでるようなものだろ!」と言ったら、娘に怒られました。

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「失われた時を求めて」への招待 [20世紀フランス文学]

 「『失われた時を求めて』への招待」 吉川一義 (岩波新書)


 「失われた時を求めて」の核心部分を、多方面から易しく解き明かした入門書です。
 著者はプルースト研究の第一人者で、岩波文庫「失われた時を求めて」の訳者です。


『失われた時を求めて』への招待 (岩波新書 新赤版 1884)

『失われた時を求めて』への招待 (岩波新書 新赤版 1884)

  • 作者: 吉川 一義
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2021/06/22
  • メディア: 新書



 第1章 プルーストの生涯と作品
 第2章 作中の「私」とプルースト ——一人称小説の狙い
 第3章 精神を描くプルースト ——回想、印象、比喩
 第4章 スワンと「私」の恋愛心理
 第5章 無数の自我、記憶、時間
 第6章 「私」が遍歴する社交界
 第7章 「私」とドレフュス事件および第一次世界大戦
 第8章 「私」とユダヤ・同性愛
 第9章 サドマゾヒズムから文学創造へ
 第10章 「私」の文学創造への道

 以上の10章で構成されています。第1章、第2章、第3章、第5章が良かったです。
 中でも私にとって特に面白かったのは、第2章における「語り手の私」の考察です。

 「語り手の『私』は、最晩年の老人といった具体的肉体をもつ存在ではなく、むしろ
 あらゆる言説が生じるところに発生する語る声として、抽象的な発話の現在として、
 『失われた時を求めて』の至るところに偏在すると考えるべきだろう。」(P44)

 つまり「語り手の私」は、その場面その場面で時間を超越して現れると言います。
 これは、私の頭の中にある、「時間を越えて浮遊する魂」のイメージと重なります。

 物語の冒頭で語られる朦朧とした意識は、死の前に体から抜け出る魂を暗示します。
 そのことについて私は、「失われた時を求めて1」で以下のように考察しました。

 ・・・私はこの朦朧状態は、時空をさ迷う「魂」を暗示していると思っています。
 永遠の眠りに就く直前に、体から抜け出た「魂」が、人生を回想しているのだ・・・

 そして、この「魂=語り手の私」は、最後の最後に小説を書こうと覚悟を決めます。
 ところが、おそらくその直後に、寿命が来てしまうのではないのでしょうか。

 「失われた時を求めて」という小説の終りは、「浮遊する魂」の消滅を意味します。
 ということで、私は「失われた時を求めて」は、書かれなかったと思っています。

 繰り返します。「失われた時を求めて」は書かれなかった。これが物語のオチです。
 いけませんね、著書の紹介よりも、私の勝手な夢想ばかりを書いてしまいました。

 ところで、巻末の「失われた時を求めて」年表と、プルースト略年譜はすばらしい。
 前者が左のページ、後者が右のページにあり、簡単に対照することができます。

 特に前者は、ぐじゃぐじゃになっていた頭の中を整理するのに大変役立ちました。
 たとえば、ジルベルトと会ったのが12歳頃、アルベルチーヌと会ったのは18歳頃。

 と、これまであやふやだった年齢が、だいたいイメージできるようになりました。
 右ページのプルースト略年譜を対照しながら読むと、さらに興味深かったです。

 余談ですが、本書でもっとも印象に残っていた部分は、ジッドの日記の引用です。
 ジッドは、前日のプルーストとの対話について、次のように記したのだそうです。

 「プルーストは自分のユラニスム(少年愛・男色)を否定したり隠したりするどころ
 か、それを表に出した。いや、それを鼻にかけていた、と言いたいほどだ。女は精神
 的にしか愛したことはなく、セックスは男としかしたことはないと言う」(P175)

 さて吉川一義には、ほかにも「絵画で読む『失われた時を求めて』」もあります。
 こちらは中公新書で、物語に登場する主要な絵画の多くをカラーで載せています。

 たとえば、カルパッチョの「聖女ウルスラ伝」など、見慣れない絵画があって良い。
 そこで語られる「祖母=母」という仮説(?)も、実に面白かったです。


カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

カラー版 絵画で読む『失われた時を求めて』 (中公新書 2716)

  • 作者: 吉川 一義
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/09/20
  • メディア: 新書



 さいごに。(リレーラン、雨天中止)

 日曜日に、出場予定だったリレーラン大会が、天候大荒れのため中止になりました。
 それでも我々は駅前に集まって、「お疲れさん会」をやりました。久々に飲んだ!

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失われた時を求めて14 [20世紀フランス文学]

 「失われた時を求めて7」 マルセル・プルースト作 吉川一義訳 (岩波文庫)


 記憶の中から失われた時を紡ぎ出して、人生の本質を考察する長大な小説です。
 20世紀を代表する作品であり、世界一長い小説としてギネスに登録されています。

 第三篇「ゲルマントのほう」は、1920年から21年にかけて刊行されました。
 前回は岩波文庫版の第7巻の前半を紹介しました。今回はその後半を紹介します。


失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)

失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/06/18
  • メディア: 文庫



 「私」は、憧れだったゲルマント公爵邸の晩餐に、とうとうやってきました。
 公爵邸のサロンは、フォーブール・サン=ジェルマン第一の地位を保っていました。

 特に公爵夫人(オリヤーヌ)は社交界の花形で、その言動は注目の的でした。
 ロシア大公に「トルストイを暗殺させるお考えですね」と言ったことさえあります。

 「私」は晩餐会の間、さまざまなおしゃべりを耳にして、幻滅を味わっていました。
 くだらない話題しか出ないのは、私が参加しているからではないのか、と考えます。

 このあと「私」はシュルリュス邸を訪問しましたが、なぜか男爵は不機嫌でした。
 「私はあなたを買いかぶっていた。われわれの関係もこれで終わりだ」と言います。

 以前男爵の届けてくれた本の装丁には、忘れなぐさの飾りがついていたそうです。
 そして、それは「私をお忘れなく」というメッセージであり、告白であったのです。

 「私はあなたのために、口に出すことこそ控えはしたが、それこそ誰もが垂涎の的と
 するような厚遇を授けようと考えていた。そんなことも知らずに拒絶する道を選んだ
 のは、あなたの勝手です。」(P470)

 わめき散らす男爵に対して怒った「私」は、彼のシルクハットを踏みつけて壊し・・・
 男爵は「私」との関係は終わりだと言いながら、なぜかいつまでも引き留めて・・・

 第7巻「ゲルマントのほうⅢ」の半分以上がゲルマント公爵邸の晩餐会の場面です。
 P163からP448の約300ページほどが占められているのです。わずか数時間のために。

 しかし、えんえんと続くこの場面は、ただただ退屈なだけです。
 おそらく、晩餐会の長く退屈な時間を、読者にも味わわせようとしたのでしょう。

 むしろ面白いのは、それが終わってから立ち寄ったシュルリュス邸訪問の場面です。
 やっぱりシュルリュス男爵ですよ。この男の謎めいた変人ぶりは魅力的です。

 わめきながら「私」を非難するかと思えば、「あなたを愛するがゆえ」と言ったり、 
 ふたりの仲は終わりだと言っておきながら、「泊まっていくように」と言ったり。

 この矛盾する言動の裏には、男爵が高慢でしかも〇〇であるという事実があります。
 小説でそれが充分暗示されているのに、「私」がまるで気づかない点が面白いです。

 この場面では、「私」という存在感の無い男が、珍しく思い切った行動に出ます。
 なんと、わいわいわめく男爵の、シルクハットを踏みつけて壊してしまうのです。

 意志薄弱で頼りない「私」が、これほど大胆な行動に出たことはありませんでした。
 そういう意味で、実に興味深い場面です。

 さて、シャルリュス男爵の本領発揮は、次の「ソドムとゴモラ」でしょう。
 しかしその前に、この巻の末尾で語られる、スワンの凋落した姿に注目です。

 ゲルマント侯爵夫人がスワンに言います。「一緒にイタリアにいきませんか」と。
 10か月も前のことなのに、スワンは行けそうにないと答えます。その理由は・・・

 「その何ヵ月も前に死んでいるからです。」スワンは死の病におかされています。
 やがて訪れるスワンの死を暗示して、「ゲルマントのほう」は終わるのです。

 さいごに。(おいしかったラーメン)

 先日、県内にある某ラーメン店に行きました。めちゃおいしかったです。
 チャーシューめんを食べましたが、チャーシューの量が半端なくてたいへんでした。

ラーメン.png

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失われた時を求めて13 [20世紀フランス文学]

 「失われた時を求めて7」 マルセル・プルースト作 吉川一義訳 (岩波文庫)


 記憶の中から失われた時を紡ぎ出して、人生の本質を考察する長大な小説です。
 20世紀を代表する作品であり、世界一長い小説としてギネスに登録されています。

 第三篇「ゲルマントのほう」は、1920年から21年にかけて刊行されました。
 岩波文庫版の第7巻には、「ゲルマントのほう」の後半が収められています。


失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)

失われた時を求めて(7)――ゲルマントのほうIII (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/06/18
  • メディア: 文庫



 祖母の死から数か月後、「私」のパリの住居にアルベルチーヌが不意に訪れました。
 バルベックの頃より豊満で大人びていました。それ以来彼女は時々訪ねてきました。

 そして、バルベックでは許してくれなかったキスを、あっさり許してくれたのです。
 その後関係を持つようになりますが、「私」はもう彼女を愛していなかったのです。

 ある日母から、ゲルマント公爵夫人を追い回すのはやめるように、と言われました。
 そこで「私」は、公爵夫人を待ち伏せするのをやめて、夫人をすっかり諦めました。

 ところが、ヴィルパリジ侯爵夫人の晩餐会で、公爵夫人から声をかけてきたのです。
 「どうして一度も私に会いに来てくださらないの?」と。まるで夢のようでした。

 「美しい夜の沈黙にも似た孤独の静寂(しじま)のなかで、われわれが空の無限のか
 なたでおのが軌道をたどる社交界の大貴婦人を想い描いているとき、そんな虚空から、
 金星やカシオペア座では知られているはずもない自分の名を刻んだ隕石よろしく、晩
 餐への招待とか意地の悪い陰口とかが落ちてくると、こちらは仰天して小躍りしたり
 不愉快になったりせざるをえないのだ。」(P88)

 ゲルマント公爵夫人が「私」を晩餐に招待したのは、サン=ルーの親友だからです。
 一方、「私」がシャルリュス男爵と面識があると言うと、夫人はとても驚きました。

 というのも、男爵は「私」と一度も会ったことがないように振舞っていたからです。
 公爵夫人は言います。「あの人、ときどきちょっと頭が変じゃありませんこと?」

 そこで「私」は、シャルリュス男爵にブロックを紹介したときを思い出しました。
 男爵はブロックを見ると一瞬驚いて、その後なぜか彼にむかって激怒したのでした。

 その後サン=ルーから、男爵が自分に話があると言っていたことを聞きました。
 そこで、ゲルマント公爵夫人の晩餐会に出たあと、男爵を訪問することにして・・・

 なぜシャルリュス男爵は、「私」のことを知らないと言っていたのか?
 なぜシャルリュス男爵は、ブロックにたいして激怒して見せたのか?

 ここでも、シャルリュス男爵の謎めいた行動が、物語を面白くしています。
 いったい、シャルリュス男爵は「私」にどんな話があるというのでしょうか?

 さて、この巻の前半では、サン=ルーとの友情が印象的に描かれていました。
 彼との再会は、今まで忘れていたドンシエールでの時間を、思い出させました。

 「われわれは自分の人生を十全に活用することがなく、夏のたそがれや冬の早く訪れ
 る夜のなかにいくばくかの安らぎや楽しみを含むかに見えたそんな時間を、未完のま
 ま放置している。だがそんな時間は、完全に失われたわけではない。新たな楽しい時
 間がそれなりの調べを奏でるとき、その瞬間も同じくか細い筋を引いて消えてゆくの
 だが、以前の時間はこのあらたな瞬間のもとに駆けつけ、オーケストラの奏でる豊饒
 な音楽の基礎、堅固な支えとなってくれるのだ。かくして失われた時は、たまにしか
 見出されなくとも存在し続けている典型的な幸福のなかに伸び広がっている。」(P125)
 
 それにしても分かりづらいです。表現が凝りすぎています。
 かつてはこういう文章が苦痛でしたが、今ではこういう文章こそが楽しみです。

 さて、この部分を端的に言えば、こういうことになるでしょうか。
 以前の幸福な時間は失われたように見えるが、ふとした瞬間に見出されるのだ、と。

 サン=ルーとの食事のあと、いよいよゲルマント公爵邸での晩餐会となります。
 「私」はようやく憧れの舞台に上がります。いったいどのような展開になるのか?

 さいごに。(スナック菓子禁止)

 今年は陸上競技で結果を出したいので、スナック菓子をやめることにしました。
 しかし、そう宣言した矢先、無意識にお菓子を食べていました。習慣って恐ろしい。

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