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2020年6月発売の気になる文庫本 [来月発売の気になる文庫本]

 2020年6月発売予定の文庫本で、気になるものを独断で紹介します。
 データは、出版社やamazonの、HPやメルマガを、参考にしています。


・6/10 「ほら吹き男爵の冒険」 ヒュルガー (光文社古典新訳文庫)
 → 18世紀にドイツで出た冒険譚で、児童向けの物語としても有名。買い。

・6/10 「好古家の怪談集」 M・R・ジェイムズ (光文社古典新訳文庫)
 → 19世紀的な英国の怪奇小説集。創元推理版が絶版。貴重な新訳。買い。

・6/12 「イタリア絵画史」 ロベルト・ロンギ (ちくま学芸文庫)
 → イタリア美術史の第一人者による伝説的な講義。図版が多ければ、買い。

・6/24 「小公子」 バーネット (新潮文庫)
 → 「秘密の花園」と並ぶ作者の代表作の一冊。「小公女」とセットで買い。

ほら吹き男爵の冒険 (光文社古典新訳文庫)

ほら吹き男爵の冒険 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/06/10
  • メディア: 文庫



消えた心臓/マグヌス伯爵 (光文社古典新訳文庫)

消えた心臓/マグヌス伯爵 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/06/10
  • メディア: 文庫



イタリア絵画史 (ちくま学芸文庫 (ロ-12-1))

イタリア絵画史 (ちくま学芸文庫 (ロ-12-1))

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: 文庫



小公子

小公子

  • 作者: フランシス・ホジソン・バーネット
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: 文庫



◎ コルタサルの「石蹴り遊び」をどうするか?

 今年の読書テーマは、「20世紀ラテンアメリカ文学」です。
 中でも、ブームの5人衆の代表作は、全て読みたいと思っています。

 問題は、現在、文庫本で出ていない作品がとても多いということです。
 文庫本の購入にこだわる私としては、このことがとても困るのです。

 ガルシア・マルケスの「百年の孤独」、フエンテスの「澄みわたる大地」、
 ホセ・ドノソの「夜のみだらな鳥」は、しかたがない、単行本で読もう。

 バルガス・リョサの「緑の家」は、岩波文庫で出ているので購入しました。
 ほかにも岩波文庫の「密林の語り部」を購入。岩波さん、ありがとうございます。

 問題は、コルタサルの「石蹴り遊び」です。
 集英社文庫版は何年も前から絶版です。中古で上下揃いだと4000円になります!

 中古の文庫本を買う場合の、私の許容範囲は1冊1000円です。2冊で2000円。
 2冊で4000円は、許容範囲を大きく超えています。これ以下では出ていません。

 文庫ではなく、単行本だと、全1冊で、中古が、送料込みで2000円ほどです。
 しかし、中古とはいえ、文庫本があるのに、単行本を選ぶっていうのもねえ・・・

 現在、思い切って、「『石蹴り遊び』は読まない」という選択を検討中です。
 コルタサルは、短編小説が岩波から出ているから、それを読めばいいだろう、と。

 確かに「石蹴り遊び」はヒット作ですが、無理して読むべき作品でもないかと。
 岩波さんか古典新訳さんが新訳を出してくれるのを期待して、焦らず待ちましょう。


◎ マシャード・ジ・アシスの「ブラス・クーバスの死後の回想」は手に入る!

 マシャードはブラジルの文豪で、ラテン・アメリカ文学に多大な影響を与えました。
 代表作「ブラス・クーバスの死後の回想」は、2012年に古典新訳文庫入りしました。

 ところが、この名作が、いつのまにか絶版となっていたのです。
 アマゾンでは、中古が4000円超です。(5/25時点)

 そこで、いろいろ探ってみた結果、hontoでは定価で手に入ることが分かりました。
 私は、繁華街に丸善ジュンク堂ができてから、hontoの会員になっています。

 hontoでは、全国の系列の書店から在庫を探して、受け取り店に届けてくれます。
 届くまでに1~3週間かかりますが、そんなことは、まったく気になりません。

 新品の本が、定価で手に入る・・・
 そういう当たり前のことを、当たり前にやってくれる書店が、一番ありがたいです。


◎ 書店で幅を利かせる文具コーナーについて

 最近の書店は、たいてい文房具を置いています。
 しかも、どの書店でも、文房具売り場がどんどん大きくなっています。

 先日、近所の書店が、文具コーナーを広げて、文庫本コーナーを半減しました。
 文庫本が目当ての私にとって、このお店の魅力も、半減してしまいました。

 文具売り場を広げるのは、本よりも文具の方が利益が出るからだと思います。
 (学生の頃バイトしていた書店で、「本は粗利が少ない」と聞きました。)

 しかしこれでは、本好きの客(常連さん)が、どんどん減ってしまいます。
 長い目で見ると、書店にとって大きなマイナスになるように思います。

 私としては、文庫売り場がこれ以上無くならないようお願いしたい。
 そのためには、できるだけネットではなく、地元の書店で文庫本を買いたい。


◎ さいごに。(新しい生活様式によって、失われた至福の時間)

 「新しい生活スタイル」というものが、急速に広がっています。
 その結果、「カフェで読書」という、私の至福の時間は取りにくくなりました。

 カフェでは、「長居するな、とっとと食べて、とっとと出ろ」という雰囲気です。
 客席を大幅に削ったお店も多くて、もう読書のために立ち寄ることはできません。

 週に一度、職場帰りに立ち寄り、450円の紅茶で、小一時間、好きな本を読む・・・
 早くコロナが終息して、再びそのような時間が持てるようになってほしいです。

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秘密の武器 [20世紀ラテンアメリカ文学]

 「秘密の武器」 コルタサル作 木村榮一訳 (岩波文庫)


 「悪魔の涎」「追い求める男」等、作家として最も充実していた時期の短編集です。
 1959年刊。短編集の代表作です。4年後に、代表作「石蹴り遊び」が刊行されます。


秘密の武器 (岩波文庫)

秘密の武器 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2012/07/19
  • メディア: 文庫



 「悪魔の涎」は、アマチュア・カメラマンの身に起こった恐怖体験を描いています。
 ある日曜日ミシェルは、カメラを持ってパリのサン・ルイ島を散歩していました。

 15歳くらいの少年に、年上の女がからみつく場面を見て、シャッターを切りました。
 家に帰って写真を現像してみると・・・あの場面の恐ろしい続きが・・・

 「悪魔の涎」は、コルタサルの短編を代表する作品です。
 アントニオーニの1967年映画「欲望」のネタとなったことで、広く知られています。

 タイトル作「秘密の武器」は、しだいにじわじわと恐怖が湧きおこる心理小説です。
 語り口が曖昧で、もやもやしながら読んでいくと、突然彼らの心の闇を垣間見ます。

 ピエールの心には何かが入り込んだのか? それともただの思い込みなのか?
 ミシェルは何に怯えていたのか? すべては彼女の深層心理が作り出したのでは?

 そして、結末はどうなったのか? あの終わり方はないだろう(いい意味で)。
 読み終わった後まで、読者に闇を抱え続けさせるような、実に稀有な作品です。

 冒頭の「母の手紙」もまた、同じような味わいがありました。死んだ兄が・・・
 「女中勤め」という作品は、正直に言って、私には意味が分かりませんでした。

 さて「秘密の武器」全5作中、私が最も衝撃を受けたのは「追い求める男」です。
 伝記作家であるブルーノから見た、サックス奏者ジョニーの姿が描かれています。

 そして、作中のジョニーは、チャーリー・パーカーの晩年の姿を写しています。
 麻薬におぼれ、意識は朦朧とし、カネも失って、パトロンの元に転がり込み・・・

 しかし、そういう破滅的な生き方をしながら、なおジョニーは追い求めています。
 その追い求めているものとは何か、その点に迫った物語です。

 「これはもう明日吹いた曲だぜ、なんてこった、これはもう明日吹いた曲だ」
 「うまく言えないが、音楽はおれを時間の外へ連れ出してくれたんだ」

 「地下鉄に乗るのは時計の中に閉じ込められるようなものだ。つまりあれは、お前
 たちの時間、今の、この時間なんだ。だが、おれにはまた別の時間があるってこと
 が分かっているんだ」

 「ニューヨークで演奏した時、自分の音楽でドアを開けたような気がしたんだ。だ
 が、演奏をやめなければならなかった。とたんに、あのいまいましい神様は、おれ
 の目の前でドアをぴしゃりと閉めてしまった」

 ジョニーの言う「別の時間」とは何か? 「ドア」の向こうには何があるのか?
 ジョニーが追いかけていたものは、どのようなものだったのか?

 パーカーの現実的な生涯をなぞりながら、ある意味幻想的な作品となっています。
 おそらくパーカーもまた、演奏を通して異界を感じとっていたように思います。

 改めて、チャーリー・パーカーのCDを聴き直したくなる作品でした。
 特に、「チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルvol.1」を聴きたい。

 古くて音が悪いので、「マニア向け」として紹介されることが多いアルバムです。
 しかし音源の悪さに懐かしい味わいがあり、どの曲も短いので意外と聴きやすい。

 19歳のマイルスを起用して吹き込んだ「チュニジアの夜」はサイコーです。
 また、ヘロヘロ状態で吹いた「ラヴァー・マン」など、興味深い演奏もあります。

 ちなみに、このラヴァーマン・セッションのあと、ボヤ騒ぎを起こして病院へ。
 「追い求める男」でも、この辺りのことが書かれていました。

 さてJazzの魅力は、曲が今生まれたばかりの生々しさを、味わえる点にあります。
 Jazzを聴き始めてかれこれ30年。どこかで、Jazzについても書いてみたいです。

 さいごに。(お盆の仕事も中止)

 コロナのせいで(コロナのおかげで?)、GWの大きな仕事が無くなりました。
 そして、夏のお盆に予定されていた全国規模の仕事も、中止が決定しました。

 この仕事、私は役員になっていて、今年はお盆休みは無いと覚悟していたのです。
 正直、ほっとしました。それでなくても、休業分を取り戻すため忙しくなるので。

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贋金つくり [20世紀フランス文学]

 「贋金(にせがね)つくり(上・下)」 ジッド作 川口篤訳 (岩波文庫)


 作家エドゥワールの行動を主軸に、さまざまな出来事が絡み合う、複雑な物語です。
 多くの登場人物の異なる視点で描かれ、ヌーヴォー・ロマンの先駆け的な作品です。


贋金つくり (上) (岩波文庫)

贋金つくり (上) (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/05/05
  • メディア: 文庫



贋金つくり (下) (岩波文庫)

贋金つくり (下) (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/05/05
  • メディア: 文庫



 ベルナール少年は、出生の秘密を知って家出し、オリヴィエ少年の家に泊まりました。
 翌日オリヴィエは、尊敬する叔父で作家のエドゥワールを迎えに、駅に行きました。

 実はオリヴィエの後を、ベルナールがこっそりついてきていたのです。
 ベルナールはある手段を使って、エドゥワールの秘書となり、スイスへ旅立ちました。

 一方オリヴィエは、パッサヴァン伯爵の後ろ盾で、新しい雑誌の編集長になりました。
 実はパッサヴァン伯爵も作家で、エドゥワールとは、ライバル関係にあって・・・

 上巻は読むのが大変でした。人物関係をたどるだけで、頭がくらくらしました。
 「世界文学データベース」というページの、人物関係図を見てやっと整理できました。

 多くの登場人物がいますが、主要な人物は、大きく分けて三つのチームに分かれます。
 作家エドゥワールと少年ベルナール。作家パッサヴァンと少年オリヴィエ。塾生たち。

 その中でもエドゥワールの視点は、物語の中心となっています。
 「エドゥワールの日記」が、時々挿入されて、物語を補っています。

 ところで、「贋金つくり」の犯罪集団がなかなか登場しないので、じれてきました。
 というか、犯罪小説を期待すると、「法王庁の抜け穴」同様、肩透かしをくらいます。

 ジッドがこの小説でやりたかったことは、「純粋小説」なるものの追求だそうです。
 「純粋小説」とは何か? 登場人物エドゥワールが、次のように説明しています。

 「小説から、特に小説本来のものでないあらゆる要素を除き去ること。」
 「外部の出来事、偶発事件、外傷的疾患は、映画の領分で、小説はこれらのものを映画
 に任せて置けばいい。人物の描写でさえ、本来小説に属するものとは私には思えない」
 (上巻P101)

 それはつまり、出来事を淡々とたどっていく、ということになるのではないか?
 最終的には、新聞記事みたいに、味気ないものになってしまうのではないか?

 私の正直な感想を言いましょう。
 「ジッドは余計なことをぐじゃぐじゃ考えて、作品を中途半端なものにしてしまった」

 特に上巻はひどい。本当は、もっと単純に分かりやすく、面白く書けたはずです。
 岩波文庫「贋金つくり」が絶版で、たまにしか復刊されない理由がよく分かります。

 とはいえ下巻に入ると、決闘騒ぎ、自殺未遂、ボーイズラブ、恋愛と嫉妬、贋金事件、
 天使の登場、自殺事件などなど、次々と勃発して、なかなか読ませる展開となります。

 極めつけはラスト第三部の17章と18章。この場面はどんな恐怖小説よりも怖いです。
 それにしても、破滅に向かって淡々と進んでしまうのは、どういうことなのか?

 「われわれが意志と呼んでいるものは、操り人形を動かす糸に過ぎず、その糸は神様
 が操っているのだということを、わしは覚ったよ。」(下巻P40 ペリーズの言葉)

 「贋金つくり」は、ヌーヴォー・ロマンの先駆けとして、文学史的に重要です。
 ジッドの最高傑作とする人もいるので、マニアなら一度は読んでおきたい作品です。

 さて、作品中、ある女性の言った、次の言葉が印象に残りました。
 これは小説を批判した言葉としても、理解できます。

 「理性で捉えられないものは、たくさんあります。人生を理解するために理性を用い
 ようとする人は、火挟みで焔をつかもうとする人に似ています。つかんだのは燃えさ
 しの木片で、焔はたちまち消えてしまいます。」(上巻P237)

 さいごに。(ああ、私の楽園が・・・)

 緊急事態宣言が解除されて、真っ先に行ったお店はショッピングモールの書店です。
 ところが! なんと! 文房具コーナーが、ドカーンとできていたのです。

 そして、なんと! なんと! 文庫本コーナーが、ギュッと縮小されていたのです。
 ああ、この店もまちがった方向へ行こうとしている! と心で叫んでしまいました。

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田園交響楽 [20世紀フランス文学]

 「田園交響楽」 ジッド作 神西(じんざい)清訳 (新潮文庫)


 牧師が引き取った盲目の少女と、その家族に引き起こされた愛憎劇を描いています。
 1919年に出された、ジッドの代表作のひとつです。長らく読み継がれている名作。


田園交響楽 (新潮文庫)

田園交響楽 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/04/26
  • メディア: 文庫



 牧師である「私」は、慈悲の心から、孤児となった盲目の少女を引き取りました。
 彼女をジェルトリュードと名付け、「私」は非常に辛抱強く、言葉を教えました。

 やがてジェルトリュードは、多くの言葉を覚え、会話ができるようになりました。
 二人で田園交響楽を聴いたとき、彼女はこの世をとても美しいものだと想像し・・・

 息子のジャックが彼女に音楽を教えたとき、「私」が不快になったのはなぜか?
 妻のアメリーが「お気の毒な方!」と言ったのは、どういう意味だったのか?

 ジャックもアメリーも気づいていることに、なぜ「私」だけ気づかなかったのか?
 もっとも「盲目」だったのは、「私」自身だったのではないか?

 それにしても、この物語の結末には、まったく救いがありません。
 すべて、盲人を導く牧師自身が、自分の盲目さに気付いていなかったからです。

 「盲人もし盲人を手引きせば、二人とも穴に落ちん」(若林の解説より)
 「田園交響楽」とは、盲人の無知ゆえに見えていた、はかない美しさだった・・・

 ところで、ベートーベンの「田園交響楽」は、ワルターの1958年盤が決定盤です。
 昔も今も、「田園」と言ったら「コレ!」という感じなのではないでしょうか。

 コロナで外出しにくい今、せめてこのCDでピクニック気分を味わいたいです。
 この曲には、ベートーヴェンが田園を散歩していたときの喜びが、感じられます。


ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」

  • 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックレコーズ
  • 発売日: 1999/01/21
  • メディア: CD



 さいごに。(緊急事態宣言解除)

 我が地域では、緊急事態宣言が解除されました。
 しかし、年間計画はめちゃくちゃ。軌道に乗るまで時間がかかりそうです。

 それでも日本は、諸外国に比べ、今回の危機はうまく乗り切ったように思います。
 コロナ対策に力を尽くしてくださった多くの皆さまに、心より感謝申し上げます。

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世界文学の流れをざっくりとつかむ22 [世界文学の流れをざっくりとつかむ]

≪第六章≫ ルネサンス期から十七世紀の文学

 2 フランスルネサンス文学

 ルネサンス期にヨーロッパ文化の先頭を走っていたイタリアは、16世紀の前半にカトリック教会による対抗宗教改革の影響を受けて、衰退に向かいました。その後のルネサンス文化の中心となったのは、イタリアルネサンス文化を積極的に取り入れていたフランスでした。特に、フィレンツェ生まれのカトリーヌ・ド・メディシスが、1533年にアンリ2世の王妃となると、フランスのルネサンス文化熱はいっそう高まりました。フランス語訳「デカメロン」が流行し、16世紀中頃にはその模倣である「エプタメロン」が、マルグリット・ド・ナヴァルによって書かれました。

 フランスルネサンス文学を代表する文学者は、フランソワ・ラブレーです。彼は、前半生を修道院で過ごし、哲学・神学のほかギリシア語を研究しました。この時期のギリシア古典の研究が、ラブレーの人文主義者としての基礎を作りました。転身して医者として働いていたある日、版元から当時ベストセラーとなっていた小冊子「ガルガンチュア大年代記」の続編を書くよう勧められました。そこで、まだ発展途上だったフランス語を使って「パンタグリュエル物語」を書き上げました。

 1532年に書かれた「パンタグリュエル物語」と、1534年に書かれた「ガルガンチュア物語」は、巨人を主人公にした荒唐無稽な物語です。ラブレーは膨大な知識を駆使し、効果的に古典を引用して、既存の社会を風刺しました。これらの作品は、教会の権威を貶めたことで、禁書目録に入れられましたが、たいへん評判になりました。のちに「第三の書」「第四の書」「第五の書」と続編も出されました。

 フランスルネサンス文学を代表するもうひとりの人物が、哲学者で人文学者のミシェル・ド・モンテーニュです。寛容の精神を重んじ、カトリックのシャルル9世とアンリ3世から侍従に任ぜられる一方、プロテスタントのアンリ4世からも侍従に任ぜられました。1580年に主著である「エセー(随想録)」を刊行しました。「エセー」は、人間そのものを問題にし、人間そのものを考察した書物です。終生人間の生き方を探求し続けたモンテーニュは、モラリストの祖とされています。

 16世紀の前半に活躍したラブレーと、後半に活躍したモンテーニュが、フランスルネサンス文学を代表しています。ラブレーの作品は、溌溂としていてとことん喜劇的ですが、モンテーニュの作品は、深刻でとことん内省的です。この対照的なふたりによって、フランスの散文は一定の形式を与えられ、しだいに発展していきます。

 さて、16世紀は印刷術が大きく発展した時代でした。これまで僧院の中だけで研究された聖書が、印刷されて多くの人びとの目に触れるようになりました。中には、聖書の原典研究をおこない、中世キリスト教の歪みを正そうとする人々も現れました。彼ら人文学者の行動が宗教改革を導き、やがて宗教戦争が始まって、ローマ教皇を頂点とした教会の支配体制が揺らぐようになりました。ヨーロッパにはしだいに主権国家が形成され、少しずつ近代社会に向かって進むようになりました。

 さいごに。(勝負は延期)

 5月の私の誕生日は、不二家に「ケーキ4つセット」を食べに行く予定でした。
 昨年2月にケーキを4つ食べたとき、4つ目で気持ち悪くなってしまいました。

 今年はリベンジするつもりでした。朝食を少なめにして、体調を整えて・・・
 しかし、コロナがまだ気になるので、勝負は秋まで持ち越すことになりました。





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法王庁の抜け穴 [20世紀フランス文学]

 「法王庁の抜け穴」 アンドレ・ジッド作 石川淳訳 (岩波文庫)


 フリーメイソン、作家、サイコ、善人、詐欺師などが、複雑に絡まる風刺小説です。
 教会を批判的に描いているため、禁書になった問題作。2020年に復刊されたばかり。


法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3)

法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/04/23
  • メディア: 文庫



 体に障害を持つアンティムは、フリーメーソンで、キリスト教を信仰していません。
 あるとき松葉杖を投げつけたとき、聖母像に当たり、片手が取れてしまいました。

 その夜、夢に聖母が現れ、体に激しい痛みを感じて、起きてみると・・・
 アンティムは、フリーメーソンをやめ、聖母を信仰するようになりましたが・・・

 作家のジュリウスは、アンティムの義弟で、複雑な人間関係の要になっています。
 彼は、アンティムが不当な仕打ちに我慢しているのを見て・・・

 私生児ラフカディオは、自分がジュリウスの腹違いの弟であることを知りました。
 彼は、火事場から子供を救い出したときに、ジュリウスの娘とも知り合いました。

 しかし、ラフカディオは、極めて偏った考えと、危険な性質を持っています。
 そして、誰にも見せないもう一つの顔を持っていて・・・いわゆるサイコ・・・

 さて、タイトルは「法王庁の抜け穴」。しかし、なかなか法王庁が出てきません。
 そして最後まで、法王庁が舞台となる場面も、ほとんどありませんでした。

 私は、詐欺師に騙された人々が、法王を救い出そうとする物語と思っていました。
 法王を巻き込んだトタバタ劇的小説を期待していたので、最初は戸惑いました。

 物語が大きく動き出すのは全5章のうち、第4章からです。
 特に、ウラの主人公プロトスが登場し、詐欺集団が前面に出てからが面白いです。

 しかし、最初の3章は読むのに根気が必要です。人間関係がつかみにくいです。
 この石川淳訳の初版は1928年。昭和3年です。訳の古さも原因の一つでしょう。

 私は第1章から第3章まで、けっこう読み飛ばしてしまったので、後悔しました。
 最後の第5章で、色々な人が集まったとき、人間関係がよく分からなかったので。

 さて、アンドレ・ジッドには、ほかにもぜひ読んでおきたい作品が三つあります。
 「田園交響曲」と「狭き門」と2015年に一時的に復刊された「贋金つくり」です。

 私が若いころは、ジッドの新潮文庫は、書店に10冊ぐらい置いてあったものです。
 前の2冊は大学時代に読みましたが、家にありません。買って読み直したいです。

 ジッドの「背徳者」も石川淳の訳です。現在絶版。古いのでやや読みにくいです。
 「背徳者」→ https://ike-pyon.blog.ss-blog.jp/2014-11-21


田園交響楽 (新潮文庫)

田園交響楽 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/04/25
  • メディア: 文庫



狭き門 (新潮文庫)

狭き門 (新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/04/25
  • メディア: 文庫



贋金つくり (上) (岩波文庫)

贋金つくり (上) (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/05/10
  • メディア: 文庫



 さいごに。(zoomで飲み会)

 今話題になっているオンライン飲み会を、私もZOOMを使ってやりました。
 しかし、タブレットの不具合で、私が仲間に入ったのは、1時間15分後でした。

 参加者は4人でしたが、私が入ったとき、すでに1人は寝てしまっていました。
 あーあ。やっぱり、スマホにした方がいいかな。ガラホでは、できないし。

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失われた足跡 [20世紀ラテンアメリカ文学]

 「失われた足跡」 カルペンティエル作 牛島信明訳 (岩波文庫)


 音楽家の男が、幻の楽器を求めてジャングルを旅した、6週間の冒険の物語です。
 1953年に刊行された代表作。オリノコ川上流を旅した経験をもとに書かれました。


失われた足跡 (岩波文庫)

失われた足跡 (岩波文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/05/17
  • メディア: 文庫



 音楽家の「わたし」は、恩師である器官楽博物館の館長に、2年ぶりに会いました。
 わたしは館長から、ある原始的な楽器をジャングルで探求するよう頼まれました。

 わたしは、女優の妻とすれ違いの生活で、ムーシュという恋人を持っていました。
 ムーシュを連れて南米に飛んだわたしは、目的を果たすためバスで川を目指します。

 途中、ロサリオという混血女や、「先行者」という男などが、一向に加わりました。
 川を遡行する旅は、時間を遡行する旅であり、彼らの前に驚異の世界が広がります。

 奥へ進めば進むほど、ムーシュには嫌気がさし、ロサリオは輝き出して・・・
 楽器を手に入れたわたしは、さらに「先行者」と共に大高地の秘密の集落へ・・・

 もう戻らないと決心したあちらの世界に、戻ることになったのはなぜか?!
 もう一度戻ろうとしたこちらの世界に、戻ることができなかったのはなぜか?!

 冒険小説と神話的な要素が盛り込まれているため、ワクワクしながら読めました。
 語り手の「わたし」に導かれ、ジャングルのめくるめき世界が体験できました。

 作者は、ジャングルにおける原始的な自然や生活を、随所で賛美しています。
 インディオの集落において、語り手の「わたし」の見方も180度変わりました。

 「わたしのまわりにいた人々はすべて、それぞれの仕事にいそしんでおり、のどか
 な調和のうちに、自然のリズムにしたがった生活がいとなまれていた。インディオ
 を現実的な人間生活の周辺的な存在とみなす、思い上がった、多かれ少なかれ空想
 的な報告を通して、わたしは彼らに対するイメージを形成していた。ところが実際
 には、彼らは自分たちの領域において、独自の文化の完璧な所有者だったのだ。」
 (P280)

 インディオの営む世界と、「わたし」が属する世界は、時間の流れ方が違います。
 わずか距離に、永遠の隔たりがあります。だから、「足跡」は「失われた」・・・

 「例外的な道、新しい道を歩くことは無意識的な行為であり、それが現実におこな
 われているときには、その驚異に気付くことはない。その道ははるかな地点、日常
 性を遠く越えた、復帰不可能な地点にまで達しているのである・・・」(P435)

 結末は皮肉でした。しかしそこにこそ、作者の言いたかったことがあるようです。
 「失われた足跡」は、とても興味深い物語でした。いつかまた再読したいです。

 岩波文庫版のカバーは、私の好きなアンリ・ルソーの「蛇使いの女」です。
 ロサリオやジャングルのイメージが、よく表されています。まさに、絶妙です。

 さて、カルペンティエルには、もう一つの代表作「この世の王国」があります。
 ハイチを舞台にした驚異の世界が描かれています。サンリオ文庫版は絶版です。


この世の王国 (サンリオ文庫)

この世の王国 (サンリオ文庫)

  • 出版社/メーカー: サンリオ
  • 発売日: 2020/04/11
  • メディア: 文庫



 さいごに。(レザークラフト作品完成)

 4年前に取り掛かった後、転勤で多忙となり、放置していた作品を完成しました。
 コロナウィルスの影響で、GW中の仕事が無くなり、時間ができたので。

 「どうせ作るのなら、絶対に店で売ってないようなものを」と思い、作りました。
 三つのホックで、包みをひらくように開ける、唯一無二のシステム手帳です。

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コン・ティキ号探検記 [20世紀その他文学]

 「コン・ティキ号探検記」 T・へイエルダール作 水口志計夫訳 (河出文庫)


 自説を証明するため、ペルーからポリネシアの島へイカダで航海した時の記録です。
 1948年に出た本書は世界中で読まれ、ベストセラーとなり、映画にもなりました。


コン・ティキ号探検記 (河出文庫)

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)

  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/05/08
  • メディア: 文庫



 ヘイエルダールは新妻と、南太平洋のファツ・ヒヴァに滞在したとき気づきました。
 ジャングルの巨大な石像は、南米の失われた文明の石像に、とてもよく似ている!

 ポリネシア人は南米から渡って来たのだろう。島の伝説もそれを裏付けています。
 太陽の子ティキは、海の向こうの大きな国から、祖先をこの島に連れて来たと言う。

 また、ペルーの白い神の伝説も、それを裏付けているように見えます。
 インカ族に様々な技術を伝えた白い神は、海を渡って西の方へ去っていったと言う。

 しかし、多くの学者たちは懐疑的でした。当時の航海手段はイカダだったからです。
 ヘイエルダールは自説を証明するため、冒険に出ることにしました。

 「自分で彼らと同じ種類のイカダを作って、太平洋を横断しようと思うんだ」
 「君はどうかしている!」

 仲間集め、資金集め、バルサ材の調達、食料や備品の調達、イカダの建造・・・
 気まぐれな風、ジンベイザメ、鯨の接近、乗組員の落下、大波と嵐、暗礁・・・

 「バルサ材は水を吸って沈むのではないか?」「綱は擦り切れるのではないか?」
 多くの懐疑的な見方がありましたが、6人の乗組員には、固い決意がありました。

 「イカダがバラバラになっても、それぞれの丸太に乗ってポリネシアに向かおう」
 そして、この意志と彼らの信念が、冒険を成功に導いたのでした。

 中学生の時、英語の授業で、「コン・ティキ号の冒険」を読みました。
 彼らの意志力に感銘を受けたあのころから、現在、40年ほどがたっていました。

 何年か前、映画「コン・ティキ」が話題になったとき、この本が復刊されました。
 映画を意識した限定カバーがカッコ良かったので、当時迷わず購入しました。

 長らく積ん読状態だった本を、コロナで時間ができたので、手に取ってみました。
 自宅で閉じこもり状態のとき、冒険の本は、サイコーの気分転換になりますね。

 「空中の新鮮な潮の香とわれわれを取り巻く青い清らかさが、身も心も洗い清めて
 くれるかのようだった。筏の上のわれわれにとっては、文明人の大問題は偽りであ
 り、幻であり、人間の心の単なる見当違いの生産物のように見えた。」(P159)

 こんな文章を読むと、コロナから逃れ、海の彼方に旅立ってしまいたくなります。
 この探検記は、旅の過酷さよりも、楽しさの方を、多く伝えてくれました。

 ヘイエルダールの本は、「アク・アク 孤島イースター島の秘密」もあります。
 この本も家にあります。20年以上前に購入したので、日焼けで真っ黒でした。

 イースター島のことは、「コン・ティキ号探検記」にも、詳しく書かれています。
 赤い帽子をかぶったモアイを、いつかこの目で見てみたいです。


アク・アク―孤島イースター島の秘密 (現代教養文庫)

アク・アク―孤島イースター島の秘密 (現代教養文庫)

  • 出版社/メーカー: 社会思想社
  • 発売日: 2020/04/19
  • メディア: 文庫



 さいごに。(久々のGW)

 どこにも出かけていません。しかし仕事が無いおかげで、充実していました。
 第一に、これまで読む機会のなかった本を、たくさん読むことができました。

 第二に、レザークラフトを復活しました。作品はまだ製作中ですが。
 そして第三に、ゆっくり休めました! やはりGWは、こうでなくては。

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悪童日記 [20世紀その他文学]

 「悪童日記」 アゴタ・クリストフ作 堀茂樹訳 (ハヤカワepi文庫)


 第二次大戦を、ヨーロッパの田舎でたくましく生き抜いた、双子の少年の日記です。
 1986年に出て世界に衝撃を与えた、作者のデビュー作です。映画にもなりました。


悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2001/05/01
  • メディア: 文庫



 双子の少年たちは、大きな町から母に連れられて、祖母の家に連れてこられました。
 母から離れ、厳しい祖母の元、見知らぬ土地で、二人の新たな生活が始まりました。

 「おばあちゃんは、ぼくらをこう呼ぶ。
 『雌犬の子!』
 人々は、ぼくらをこう呼ぶ。
 『〈魔女〉の子! 淫売の子!』
 また別の人びとは、こんな言葉を叩きつけて来る。
 『バカ者! 与太者! 鼻糞小僧! 阿保! 豚っ子!・・・』」(P30)

 周囲の冷たい目にさらされながら、二人は力を合わせ、たくましく生きていきます。
 ぶたれたら、それに負けないよう体を鍛え、罵詈を浴びせられたら精神を鍛えます。

 乞食の話を聞いたら乞食の練習をし、盲や聾の話を聞いたら盲と聾の練習をします。
 断食の話を聞いたら断食し・・・過酷な状況を体験することで強くなっていきます。

 自分たちだけの小さな知恵と力で、人生を切り開いてゆく姿は、本当にすばらしい。
 これこそ「生きる力」です。この本で、我々が忘れかけているものに出会いました。

 母が迎えに来たとき、二人はすでに祖母との生活を快適に送っていて・・・
 父が助けを求めてきたとき、二人はある企みを実行して・・・

 さて、この作品の魅力を増しているものは、主人公の二人の悪童たちです。
 彼ら二人は、周囲とはかけ離れた、独特の不思議な世界を作っています。

 「あの二人は考えるのもいっしょ、行動するのもいっしょだ。二人で、まわりから
 隔たった、特殊な世界に生きている。彼らだけの世界だ。」(P34)

 曳かれていくユダヤ人たちの行列に、司祭の女中がしたことは・・・
 その光景を目に焼き付けた双子が、そのあとひそかにおこなったことは・・・

 彼ら二人には、何を考えているのか、何をするのか分からないところがあります。
 時々意表をつかれて、びっくりしました。特に、イミシンな結末には驚きました。

 「悪童日記」はたいへん評判になったため、続編ができて、全三巻となりました。
 終戦後を描いた「ふたりの証拠」と、完結編の「第三の嘘」です。


ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)

ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2001/11/01
  • メディア: 文庫



第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2006/06/01
  • メディア: 文庫



 さいごに。(レザークラフト復活)

 以前やっていたレザークラフトは、仕事が忙しくなってから中断していました。
 ところがコロナによる業務縮小で、GWに時間ができたので、再開しています。

 5年も前に構想した、自分だけのシステム手帳に、ようやく取り掛かりました。
 じっくり時間をかけて何かに取り組むって、いいですね。心が癒されます。

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忘却の河 [日本の現代文学]

 「忘却の河」 福永武彦 (新潮文庫)


 愛する女を死に追いやった過去を持つ男と、家族それぞれの思いを描いた物語です。
 人間の深層心理を描いた名作で、「草の花」と並ぶ代表作です。


忘却の河 (新潮文庫)

忘却の河 (新潮文庫)

  • 作者: 武彦, 福永
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2020/04/05
  • メディア: 文庫



 男は、ある看護師と結婚を約束しながら、家柄の違いによって果たせませんでした。
 絶望した女は、男の知らぬ間に、お腹の中の子供と一緒に自ら命を絶ったのでした。

 男は、その記憶を長い間引きずって生きていました。家族の誰にも打ち明けずに。
 彼はほかにも秘密を抱えています。時々会っている若い女、自分の出生のこと・・・

 長女の美佐子にも秘密があります。美術評論家で、妻子ある三木という男と・・・
 また美佐子は、ある疑念にとらわれています。自分は本当はうちの子ではなく・・・

 次女の香代子は、大学の演劇の先輩である、下山という男との関係が進んで・・・
 香代子もまた、ある疑念にとらわれています。自分こそ本当は父の子ではなく・・・

 病気で寝たきりとなっている妻は、死を前にして、秘密を抱えたままでいました。
 習字のお師匠さんの家で会った、ある青年とのことを・・・

 七章から成る物語は、独立した形式をとりながら、しだいに接点を持ち始めます。
 家族それぞれの思いが、しだいに寄り添っていくところが、すがすがしいです。

 「己たちはみんな寂しいのに、どうして心を通わせることが出来ないのだろうか」
 「己の心が硝子を隔てて見ているだけで、その向こうに出て行こうとしないから」

 これは、脇役的な存在である三木の言葉ですが、とても重要なことだと思います。
 そのガラスをぶち破って、相手に生で接したときに、初めて通じることがある!

 さて、この物語にはミステリーっぽい要素もあり、最後まで飽きずに読めました。
 美佐子が幼いころ聞いた子守歌は、誰が歌っていたのか? どこの歌だったのか?

 非常によく練られた小説で、無駄な部分はなく、完璧な構成を持っています。
 また、所々で印象的なフレーズが現れ、作品を印象深くしています。

 「ひとは愛する時に、くるしむことさえも心のよりどころになっているのだ。」
 「ただこの行為が一切の忘却につながるが故にこの女を愛していた。」・・・

 ところで、新潮文庫版の巻末には、池澤夏樹による解説が付けられていました。
 恥ずかしながら、福永武彦が池澤の父であることを知ったのは、最近のことです。

 さいごに。(今年はGWあり)

 明日から5日間休みとなります。久々にGWが休みとなりました。
 年間計画では、5日間のうち4日間が、一日中(12時間)の仕事でした。
 (昨年のGWの10連休では、9日間が仕事だった!)

 大きな仕事ができなくなり、残念だと思う反面、ちょっぴり嬉しい気もします。
 娘と一緒に、たまっていたテレビ録画を見る時間もできそうで、楽しみです。

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